オレリア・ルイーズ・ジョーンズ テロスVol.2 より抜粋 2017年12月31日

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fAHumanityInTransformationTELOSVol.2/Aurelia%20Louise%20Jones%20-About-Lemuria-and-Telos_djvu.txt

テロスが構築された時には最大20万人が予定されていました。大惨事が始まった時には 山へ非難することができたのは僅か2万5000人だけでした。この数に相当するものが三次元に残されたレムリアの文化です。

記録は既にレムリアから地下都市のテロスへと移され、寺院が建てられていました。大陸を破壊した爆発が起きた時、それは予想よりもわずかに早く生じたので、大勢の人々は山の内部への避難に間に合いませんでした。ご承知のように愛する祖国、レムリアは一夜にして沈んでしまったのです。何が起こったのか、全く誰も気づく事もなく、大陸はそれは静かに沈みました。実際、そのことが起きた時には皆、眠っていたのです。とりわけ変わった気象条件でも何もありませんでした。

エル・モリヤのツインフレイムであるジェラルディン・イノセンティを経由しての1959年のロード・ヒマラヤからのメッセージで、彼は説明しています。光に忠実であることを貫いた聖職者の大部分が、まるで沈みゆく船のキャプテン等であるかのように、彼らの持ち場を維持し、最後まで恐れることなく、波の下に沈む間でさえ、彼らは歌い祈りました。

レムリア大陸が沈没する前に、寺院における男女の聖職者達は来たる大変動についての警告を受けており、聖なる火の様々な焦点はテロスに移され、その他のものは影響を受けない別の地に移されました。これらの炎の多くは、アトランティス大陸の特定の場所に運ばれ、そこでも日々のスピリチュアルな努力によりその炎はかなり長い間続きました。レムリアが沈む直前に、これらの男女の聖職者の一部は、人々のエネルギーの放射を手伝い、恐れを抱かぬよう、慰めるために大陸にある家に戻りその土地とそこの人々と共に沈むことを志願をしました。大変動がもたらす恐怖心を和らげるために彼らはこの援助の手を差し伸べたのです。

これらの愛情深い援助を申し出た聖職者達は、彼らの神がコントロールするエネルギーの放射と彼らの献身によるエネルギーの放射で、文字通り人々のオーラを平和の毛布で囲み、彼らが恐怖心から解放されるように手助けしました。そのことで将来、それらの人々が転生にて身体を持つ際に一層大きな悲劇的な結果を経験することを避けるため、彼らの生命の流れのエーテル体にあまり深刻な傷跡が残らない様にしたのです。

神の摂理「自由への架け橋」(参考: The Bridge to Freedom)について1959年にロード・ヒマラヤはこう述べています。「大勢の聖職者達が視野と思考を基に様々な地域で小さなグループに自身達を配置しました。彼らは水中に沈んでいきながらも祈りを捧げ、そして歌いました。彼らが歌ったそのメロディーは今日オールド・ラング・ザイン“Auld Lang Syne”として知られているものと同じでした。この行動の背後にある考えは、あらゆる恐ろしいい経験は人々のエーテル体と細胞の記憶の中に深い傷とトラウマを残し、それがヒーリングされるまでには数回の転生にて身体を持つ必要があるというものでした。

この聖職者らの行動と献身のおかげでグループになって一緒にいて、最後の瞬間まで歌を歌うことを選んだことで、多くの恐れは軽減され、ある程度の調和が保たれていました。この様にして死んだ魂達へのダメージとトラウマは大幅に減少しました。音楽家達と共にこの聖職者達は、波や水が口を覆うまで、歌いそして祈りました。彼らも死んでしまいました。

夜、殆どの人が眠っている間に、青い星空の下で全ては終わりました。愛する祖国は太平洋の波の下に沈んでしまいました。いずれの聖職者もその持ち場を去ってはいませんでした。そして怖かったと証言したものも誰もいませんでした。レムリアは尊厳を持って沈んだのです!「オールド・ラング・サイン」はレムリアの大地で聞く最後の歌でした。

彼らが歌った歌を、地球上のある人々がアイルランドの人々を通じて再び呼び起こしました。とても予言に満ちた言葉が中には入れられています。”Should auld acquaintances be forgot”. 「旧友は忘れていくものなのだろうか」(参照: オールド・ラング・ザイン)確かに、私たちはこれらの昔の知り合い達に再び出会っているのです。私達、物理的領域のからの者達が私達の愛する者達と再び会えたら、、、テロスにいる昔の友や家族たち、今の私たちの目には「見えないけれど」、できればそれほど遠くないうちに再び会えたら良いのだけれども、、、。

友の皆さん、次の文章をハートでよく聞いてください。私たちの愛するレムリアが完全に沈んでしまう前に、『 いつかそう遠くない未来に、私達の多くは再びグループになって集まり、「地球の勝利」を勝ち得たという確信のもとにこの歌を再び歌うでしょう。』という予言がありました。私たちが今住んでいる時はこの長く待ち望んだ日の祝賀を、そしてこの信じ難い予言の実現をもたらします。

今、私たちは長いこと待ち望んでいた「再会」を開始しています。アダマからのこのことを皆さんにお知らせすることにもう涙が出てきそうです。これらの文を読んでいる皆さんの多くは集団の大きな利益のために自身の生命を捧げた、その勇敢な魂達の一人なのです。みなさんの勇気に拍手を送りましょう、そしてさあ、私達が再び一緒に戻れることを喜び、再び栄光に満ちたアセンションに向けて地球と人類を手助けするという私達の偉大なるレムリアの使命を継続できることを喜びましょう。

抜粋終了

翻訳 Koh

Auld Lang Syne – Sissel

参照: オールド・ラング・ザイン

Should auld acquaintance be forgot,
and never brought to mind ?
Should auld acquaintance be forgot,
and days of auld lang syne?

CHORUS:
For auld lang syne, my dear,
for auld lang syne,
we’ll tak a cup o’ kindness yet,
for auld lang syne.

And surely ye’ll be your pint-stoup !
And surely I’ll be mine !
And we’ll tak a cup o’ kindness yet,
for auld lang syne.
(CHORUS)

We twa hae run about the braes,
and pou’d the gowans fine ;
But we’ve wander’d mony a weary fit,
sin’ auld lang syne.
(CHORUS)

We twa hae paidl’d in the burn,
frae morning sun till dine ;
But seas between us braid hae roar’d
sin’ auld lang syne.
(CHORUS)

And there’s a hand my trusty fiere !
And gies a hand o’ thine !
And we’ll tak a right gude-willie waught,
for auld lang syne.
(CHORUS)

旧友は忘れていくものなのだろうか、
古き昔も心から消え果てるものなのだろうか。

コーラス:
友よ、古き昔のために、
親愛のこの一杯を飲み干そうではないか。

我らは互いに杯を手にし、いままさに、
古き昔のため、親愛のこの一杯を飲まんとしている。

(コーラス)

我ら二人は丘を駈け、可憐な雛菊を折ったものだ。
だが古き昔より時は去り、我らはよろめくばかりの
距離を隔て彷徨っていた。
(コーラス)

我ら二人は日がら瀬に遊んだものだ。
だが古き昔より二人を隔てた荒海は広かった。

(コーラス)

いまここに、我が親友の手がある。
いまここに、我らは手をとる。
いま我らは、良き友情の杯を飲み干すのだ。
古き昔のために。
(コーラス)

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