サウル〜自分の本性を表現するならば、あなたは幸せでしかあり得ません

2013年11月6日 ジョン・スモールマン経由

アセンションこそが焦点のイベント、あなた方の覚醒プロセスのハイライトであり、あなた方はまさにその間近にあります。ええ、あなた方は多数のチャネラーからそれを聞き続けていますが、それは本当のことです。そして、あなた方はそれを、集合的な意図によって実現にもたらしているのです。ですから、外観上そう見えても実はまやかしである遅れによる失望を許すことなく、その到来のための意図と願望を強化してください、そしてそれを起こしてください。現にあなた方はそうしているのですから。もしあなた方が、私達があなた方に持つ「愛」を見て感じることが出来るのであれば、あなた方の不安や疑いはサッパリと落ちることでしょう。ですから、私達に耳を傾けるために自分の内側に入る時には、いつでも優しいハグを求めるのを忘れないでください。それから、それにリラックスしてください。そうすればあなたは、それを意図するので、それを感じます。ただ自分がハートを開きさえすれば、私達のあなた方への「愛」を受けとって、私達があなた方を包む心休まる香油に浸っていられるものを、とてもしばしば、懐疑論(無神論)や疑いが、その感覚、その感情、その聡明な気付きを妨げます。

私達が私達のあなた方への「愛」をあなた方に想い出させ続けるのは、それを明白にしたいからであり、私達がとても何度も話したように、「愛」が、あらゆる状況におけるあらゆる問題に対する、その解答であるからです。愛こそが常にその答、おしまい。以上。私達の神聖な「ソース(源)」が「愛」なのだからして、存在せしは「愛」だけです。本当の「愛」には多くの形がありますが、それらの一つ一つが、無条件の優しさ、受け入れ、同情、癒しです。その他の全てはことごとく「愛」にあらず、それは幻想です。それでその他の全ては、あなた方が望み願うものを届けるのに、ことごとく失敗し続けるというわけです。あなた方の願望と欲求を現すのに、常に優しくあってください。あなた方の本当の願望と欲求というのは、優しいものです。優しくないことというのは、自分と合わない人々とか自分が受け入れ難い人々に対してあなたが課したい、したがって彼らを滅するための、審判、非難、懲罰という、エゴまみれで自己中心的な幻です。あなた方が「愛」から来らずに、非現実であり成し遂げられない何か(自分にとって全く不満足な何か)を捜し求めているというのは、全くおかしな空想であることが、あなた方に十分に明白であるべきです。

「愛」があなたの性質です。あなたの本性は「愛」です。どんな目的であれ、あなたが係わり合って用いようとする愛情のないあらゆることは、それは非現実である故に、狼狽して失望するのが落ちです。非現実であるそうした物事は続き得ず、それらの目標獲得から得られるどんな満足も短命なので、愛情のない思考、言葉、活動によって成し遂げるようであることは何でも灰燼に帰します。愛情なく生きる人々というのは、絶えず新しい楽しみ、新しい体験、新しい形の満足または幸福を捜し求めています。それもその筈で、以前得られたそうしたことが長続きする満足を提供し損ねており、実際は長続きどころか大いなる不満になったからです。唯一愛情ある道だけが長続きする満足をもたらします、またもしあなたが自分自身に正直であれば、これを知っています。

あなたが精神的に、感情的に、肉体的に係わり合うどんな状況でも優しくあることによって、あなたは非現実である全てを手放します。あなたはしたがって、誰の中にも、現実であるものを隠す仮面として被られた破損したエゴまみれの側面ではなく、その人の中の「ソース(源)」が見れるようになっています。あなた方は、優しいことは危険なことだ、そうすることは自分を危険なほど弱くする、と自分自身に納得させる見事な仕事をしました。しかしあなた方はまた、自分の本性から優しく同情的に行為したり係わり合ったりする時には、即座に満足感、安心感、さらには歓喜の感覚によって報われるということを、経験から知っています。「愛」の性質は授与であり、与えないことは極めて不自然であって、自分の存在の無意味さという経験に繋がります。それがとんでもなく恐ろしい見通しであるだけに、次にはあなたはそれを、拒否または他の何らかの逃げ口上によって自分自身から隠さなければなりません。

あなたが優しい思考、言葉、行動によって自分の本性を表現するならば、あなたは幸せでしか在り得ません。しかしあなたのエゴが、「その道を辿っても裏切られるのが関の山だ。優しくあることは、いいように騙されて利用されるようにお前を無防備にするからな。人間関係と物質面の幸福の、どちらも貧しくなるのが落ちだ」などと、あなたを説き伏せようとし続けます。が、ならそのエゴに自分を案内させたらさせたで、あったとしてわずかな満足しか見出しません。何故ならば、あなたは常に裏切られるか馬鹿だと思われると思っていて、したがって、四六時中ことさら用心深くしているからです。それで、裏切りを避けるために自分のエゴの案内に従うことによって、あなたはほとんど絶え間なくそれを予想して怖れ、ぼろを出すか騙されるのを避けるために予防措置を取っている自分自身に気付きます。それは一つの悪循環です。愛を妨げる、怖れに満ちた警戒心の無限ループです。そしてそれは全く役に立ちません。

あなたは「愛」であらねばなりません、それがあなたなのですから、それを絶えず提供しなくてはなりません。相手から「愛」を受け取るのを待っても、それ自体が愛情のない振る舞いなので上手く行きません。それは常に失望に終わります。「愛」を受け取るには「愛」を提供してください、他には決して上手くいきません。また、あなた方は自分自身の深い内側でこれを知っています。しかし、あなた方が携わっている人間の人生体験は、とてもしばしば、非現実 ー 怒り、憤慨、苦渋 ー をあなた方に見せます。それはつまり、自分が怖れる全てのもの(そしてそれは本当に非現実なのです)に対する防衛手段です。唯一、愛すること ー 他の人々(相手)を、そして自分自身を ー によってのみ、あなた方は、その分厚い怖れの毛布から出て来ることが出来ます。他に方法はありません。そしてそれこそが、全てのスピリチュアル・マスター達が累代に亘ってあなた方に示していたことです。

「神」(存在せしもの全ての「ソース」)は、全てがそこから生まれ、全てがそこで起こるエネルギーの神聖なフィールドであり、そしてそれは、徹底して純粋で、無限で無条件の「愛」です。あなた方が自分の人生の一部として恐怖を(認めるか否定するかして)受け入れる時、自分である「愛」(あなたの創造の瞬間に「神」によって授けられた、あなたの神聖で永遠の性質)を閉め出すことを選んでいます。恐怖は非現実です。あなた方の想像の産物です。それがスリリングなようだったのであなた方が熱心に乗じた、幻想の一側面です。果たしてそれが正気でしょうか?それでもあなた方は、まるでそれが唯一の現実であるかのように幻想にしがみつき続けます。あげく、それに対して防護処置を取らなければなりません。

全ては一体性であるので、あなた方は全員、あなた方の「ソース」、「神」、あなた方の天の「父」と神聖な「母」の、一部分(個別化された側面)です。しかしあなた方は、幻想とその一見神秘的な特性の全てに恩義を受けるようになることを、自分自身に許してしまいました。どうもあなた方というのは、幻想に隷属させられているようです。それの中に閉じ込められているようです。というのはとんでもない誤解です。自分が選んだのです。あなた方の一人一人が、自分のスピリチュアルな進化で出来るだけ速く前進することが出来るように迅速に学びたかったので、幻想という恐怖と混乱を体験することを、自分で選んだのです。それらの選択の不利な面は、一旦幻想の中にあればそれが自分に提示するようである、「一見して揺るぎない現実」でした。広大で脅かすような、生き残るために極暑と極寒の自然から自分自身を守らなければならない環境で、自分は弱く、無防備で、取るに足らない存在であるように、あなた方には思われました。そして、あなた方の科学が、その展望とその宇宙に対する理解(この巨大で無愛想な環境における、あなた方の醒め遣らぬが心許ない人間としての生き残りを可能にするのに要求される、必須条件の超極細の命綱)を伸ばすに連れて、あなた方はますます如才なくなりつつあります。

あなた方は、よくご存知の通り、あなた方の永遠の歓喜と幸福こそが「その意志」であるあなた方の優しい「ソース」によって、愛を込めて創造されました。唯一、あなた方への「神の永遠の愛」に対する自分の気付きを拒否することによってのみ、あなた方を包むと思しき全ての痛み、苦しみ、恐怖によって、幻想は現実に違いないと自分自身に納得させることが出来ます。あなた方は内側深くで、それは非現実であると知っています。しかし、「愛」をあらゆる瞬間に表現して共有することに決めるまでは、幻想を一見至ってリアルに感じ続けます。

「地球」上に人間として受肉化した段階で、これを認めて絶えずそれを生きることは、あなた方にとって非常に困難です。疑いと懐疑論(無神論)というのは、ひっくるめて自分の恐怖を確証する、幻想の非常に強力な側面です。それはあなた方が捨てる必要がある、幻想の二本柱です。さぁそこで「神」に対する信仰です、而して、多種多様の魅惑的で脅迫的な幻想の力は、それに直面してすっかり溶解します。幻想がそれ自身の正体(混沌と混乱があなたから「Reality/本当の現実」を隠す一つの非現実的な環境。ただし自分がそれを現実として受け入れるのを選ぶ限りは現実)をあなたに現すために、毎日、出来れば三回か四回、内側に入ってあなたへの「神の愛」に対するその「信仰」を再確認してください。

あなた方は全員が「神」の側面であり、永遠に無事に、優しく「神の実在」に抱きしめられています。これに対する気付きに自分自身を開いて、幻想が崩れ、砕け、溶解するに任せてください。

とてもとてもたくさんの愛を込めて、サウル。

http://johnsmallman.wordpress.com/2013/11/06/you-can-only-be-happy-if-you-express-your-true-nature/

翻訳 ソウルカメラ

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