サウル~容赦を留保することは、癌を大事に抱えるようなものです
 2013年4月21日 ジョン・スモールマン経由

人類の差し迫った覚醒を援助すべく、地球を包んでいる新しいエネルギーが高まって強まり、スピリチュアル領域では多くのことが発生してきています。はい、それは差し迫っています!多くのことがあなた方に約束されました、そして配達の時が急速に近づいています。それでも、この神聖で待望久しいイベントの到着に先だっての主要なお膳立てを完了するためには、するべきことが多くあり、またあなた方の全員に、重要な演じる役があります。主にそれというのは、裁きを手放すこと、特に、高位の人々の間の策略と腐敗、及び握った地位の濫用に関する以前隠されていた情報を公表する告発者達の数の増大とともに、自分が信用した人々によって犯された非道と裏切りに対する認識が比例して増大するにあたって、容赦を擁することです。

為されたことというのは、多くの場合、全く非良心的なことです、しかしあなた方全員は、「愛」により「愛」で創造された、神聖なる神の存在であり、またあなた方は、自分の神聖なる状態からの分離を経験する方を選びました。結果は、もの凄い苦しみでした。あなた方の進化におけるこの時に、聖書にイエス曰く「罪なしである」者として地球に具現化している者は、一人もいません、したがって、他の誰の振る舞いに関しても、正直で公正で正当な評価を行うことが出来る者は、誰一人としていません。判断は「神」に任されなければなりません、何故なら「彼」は、あらゆる者を潔白と裁定して彼らの神聖なる完璧性だけを見るからです。

制止されない限り他の人々を虐待し続ける人々に対しては平和的な封じ込めと拘束を適用しつつ、無条件の容赦が、覚醒への必須の道です。彼らの罪に関係なく、創造が起こる「ソース・フィールド」即ち「愛」は、全てを受け入れます、そしてそうすることによって、人々に罪を犯させる怒りや憤慨を溶解します。

自分は愛されていない、受け入れられていない、放ったらかしにされている、見くびられている、自分は不十分だ、無価値だ、恥ずかしい、拒絶されている、と誰かが感じる時に、「罪」は起こります。それは、注意を求める必死の要請です、無視されたか拒絶された愛情のこもった注意を求める、必死の要請です。誰もがいつかそれを経験しており、また、そうした愛情のない恐れを誘導する状況に無条件の受け入れが取って代わる時に経験される、素晴らしい喜びと慰めの感覚の何たるかを、誰もが知っています。ですから、心から容赦を擁し、そしてそれを、とにかく自分を怒らせたか虐待したと自分が信じる全ての人々へ無条件で提供しない限り、苦渋、憤慨、そして怒りによって自分が貪られ続けるか食い潰されるであろうことを、誰もが心の奥底では知っています。

苦渋、憤慨や怒りにしがみつく人々は「愛」に抵抗しており、しきりに自分は愛らしくないと信じており、それからしばしば、自分自身許すことが出来ないと感じる人々と似た振る舞いに駆られるのを感じます、ですからそれは悪循環です。許しを留保することは癌を大事に抱えるようなものです、ですからそれは、その宿主を浸食します。それは、幸せと喜び、あるいは満足の体験を妨げて、惨めさを許しの正当な拒絶における満足にすり替えた感覚をもって、それらの代償とします。あなたはここにおいて全く適切である表現、「自分の顔に意志悪するために自分の鼻をかみちぎる」(怒りの対象より自分に損害を与える方向で復讐を続行すること/自分に損になることをすること)ことをしています。

平和になるためには、平和を経験するためには、手放しで無条件に許すことが必須です。多くの人々はこれが不可能であると感じます、何故なら彼らはとても虐待されて酷く苦しんだからであり、また彼らは、唯一自分にとって平和と満足が可能であるのは、自分が賠償を受け取って虐待者が十分に罰せられたと知る場合のみであると信じています。しかし、それは機能しません。法の正義を勝ち取るも痛みは残り、その虐待が引き起こした恨みは成長し続けます。恨みが助長されて、恨むことは犠牲者が抱くことができる権利であり特権であると思われている場合、そうなると賠償では決して十分ではありません。「奪われたものは取り返しがつきません」という不満はしごく尤もです。しかし、人の個人の主権に対する侵害という被害に執着し、それを手放さずにそれに集中することは、自らが受けたその侵害の記憶を自らの大事な財産として保有し続けることで、人生が犠牲者を素通りするということを意味します。

許すことは、人が人生に再従事するために動き進むのを可能にし、恐らく彼らがそれを見出すとは思わなかった、即ち、それを許さないことが負わせる非常に重い重荷を手放すことで見出すとは思わなかった、安堵と慰めを見出すことを可能にします。許すことによってあなたは、他のどんな方法でも決して手放すことが出来ないその堪え難い感情的な重荷を手放します。支援グループというのは、あなたが運んでいる荷物を軽くする代わりに、被害者感覚を強化し得る不適当に多くの内観と議論を助長させることによって、重荷をしばしば一層重くします、またそれが彼らの目的です。許すことによってあなたは自分のハートを開き、絶えずあなたを囲んでいる、あなたがそれを受け取ることを待っている、「愛」の豊穣を受け取ります。自分を傷つけた誰かを真に許すことの結果として経験する軽さは、あなたを驚かせます。

容赦は偉大な治癒者です、そして人類は治癒を必要とします。それを受け入れて、そうすることで可能になって提供される平和、充足、そして満足 ー 慰安は、いりません ーを楽しんでください。

とてもとてもたくさんの愛を込めて、サウル

http://johnsmallman.wordpress.com/2013/04/21/to-withhold-forgiveness-is-like-embracing-cancer/

翻訳 ソウルカメラ

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