サウル〜あなた方の集合的な意図が決め手です

2013年11月1日 ジョン・スモールマン経由

人類がその歩みをますます覚醒の瞬間の方に向けて集中するので、ここスピリチュアル領域の私達は喜んで見守っています。それは確定事項であることを私達は何度もあなた方に告げました。そしてそれは確かにそうなのですが、あなた方の集合的な意図が決め手になります。そのフォースが、とても意図的にあなた方を前に駆り立て、家路に向かわせます。覚醒するのがあなた方の集合的な意図であるのは、見せかけの分離の瞬間以来、これまでもずっとそうだったのです。しかし勿論、あなた方が思いついて作った幻想の雑念と誘惑が全く魅惑的であったので、実質的には、その根絶不可能な意図をあなた方は忘れ、幻想である広大な迷路に迷って気が散らされました。

あなた方に思い出させて帰り道を示すために、累代にわたって多くの人々があなた方の間にやって来ました。そして遂に彼らの愛情深く頑固な努力が報われ、あなた方のますます多くが、「確かに自分達は、肉体を必要とする学習体験を経つつある永存の精神的存在である」という実感に通じつつあります。そしてそれが、あなた方を幻想から連れ出して「本当の現実」への家路に案内します。先行きは安全です。寄り道または遠回りを必然的に伴わせるどんな障害物も迂回路ももうありません。ただ目覚める意図を自分自身のためにそして全人類のために保持してください。そしてそれを日に少なくとも一回、なるべくなら何度も再確認してください。何故ならばあなた方の仕事は、目を覚まして、自分の正体が誰であり何処にあるのかを、驚きで思い出すことなのですから。

あなた方には、「家に心あり(故郷は遠きにありて思うもの)」という格言があります。それは基本的に、あなた方全員がそこにありたいと永久に願う故郷(家)というのは、自分が常に無条件で愛されていることを知っている一つの状態であり、掛け値なしで自分が望む所であることを意味します;しかし幻想内では、その状態はとんど到達不可能です。ええ、一部のあなた方は、あなた方の人間的な標準で判断される場合、素晴らしい関係を持っていますが、しかしそれでもあなたは、それがどんなに良くても、何かがまだ足りない、何かが失われているということを知っています。あなた方は常に、もっと何かを捜しています。そして勿論それは、「神」と自分の神聖で永遠の繋がりです。

その繋がりは決して絶たれたことはなく決して絶たれ得ないのですが、それに対するあなたの気付き、あなたの知識は一時的に失われており、あなたはそれを慕います ー またそういうわけであなた方は、人間として決して本当の満足を見出し得ないのです ー 何故ならば、それこそが自分の人生で失われているものであり、それに代わり得るものは全く何もないことを、あなた方は内側深くで知っているからです。小数の人がこれに気付いており、自分が与えられるべきものであると知っている「愛」のために、フルタイムで「神」に振り向きます。そしてそうする中で彼らは、完全に決定的に「神」と恋に落ちます。しかし、「神」を知るに至って人間の生涯の間「彼の臨在」に留まるのに十分な専心と粘りがあるのは、非常に小数だけです。

さぁ、惑星を、そして感覚能力のある全ての生命形態を浸からせて抱きしめている、神聖な「愛」のフィールドのその強まりで、「いかにも自分はスピリチュアルな存在である」という、人類を通した一つの気付きが成長しつつあります。多くの人々は、これを受け入れ難いと感じています。それでも、彼らの気付きは彼らの疑念と無神論にもかかわらず強まりつつあり、抵抗は無駄です。あなた方は「愛」の存在です。永遠にあなた方の「ソース」と繋がっています。そして、その神聖な「真実」の現実に対する拒絶は、もはや維持されることが出来ません。そして多くの人にとって、それは非常に動揺させることです。

自分達がエラーをしたこと、そして自分達を包むようであるその苦痛の環境というのは自分達の集合的な意図の虚構であるということを認めるのは、見せかけの現実である非現実を信じてきていることによって、相当な感情的苦痛を引き起こし得ます。あなた方は、自分は正しいこと、周りの世界は全く間違いなく現実であることを自分自身に納得させるために、染み付いた自分の信条に熱心に集中します ー 「そうは言ってもね、自分の肉体感覚の全てでもって直接的にそれを感じるわけだから、それは現実である筈だ」、ですか?それでいるからこそ、適正にあなた方の不幸と不満がしっかりと維持されているのです。

とてもしばしば、あなた方は安泰に自分自身でいることが出来ないようである状況にあります。それであなた方全員は、それらが本当の自分であると信じるまでに着慣れてしまった変装を身に纏ったのです。で、予想外な何かが起こります、そしてあなたは、その変装ではそれに対処できないことを知ります、そして、自分が忘れていた、自分自身が持っていた一つの側面に、ふと気付きます。それは、対処するための偉大な強さと能力の感覚であり得るか、または、放心に至る恐ろしい感情的崩壊であり得ます。どちらにしてもそれは、自分にとって衝撃的です。そのような何かが自分に起こる時は、それは目覚ましコールであって、事故では全然ないのだと安心してください。それは、覚醒への途上で自分を援助するために自分で自分の人生経路に組み込んだ、一つの学習機会なのです。

あなたはまだその意味を否定して、自分に紹介したレッスンを拒むことは出来ますが、それでもそれは、結局それを認めるほか手はないような、莫大なインパクトをあなたの人生展望に与えます。そしてそれが、自分の態度と振る舞いに必要な変更をあなたにさせます。それというのは、アルコール中毒かドラッグ中毒をとうとう認めて、12段階更正プログラムへの参加に同意することに、少し似ています。そして、あなた方全員ご存知のように、そうすることは、ライフセーバー(救命者)であり、ライフチェンジャー(人生を変えるきっかけ)であり得ます。そしてそれは、自分が助けが必要なことを認める勇気を見出す人々に対して、驚くべき報酬をもたらします。

「地球」で人間を生きることは一つの進行中の学習体験(それが自分に紹介することで必須課題を経験することを、喜んで自分で選んだ体験)であることを、忘れないで居続ける必要があなた方にはあります。一旦あなたがそれを受け入れて、人生が自分に紹介するものを甘受と忍耐で受け入れ始めるならば、あなたのストレス・レベルは減少します。そしてあなたは、人生が自分に投げかけるようである予想外の状況なり危機なりに、はるかに良く対処することが出来る自分自身に気付きます。

危機が起こる時は、先ず最初に、ただちに自分の内なる空間に入り、少し解きほぐす(少しリラックスする)時間を自分自身に与えてください。それから、あなたの天使、ガイド、師、聖人達 ー 最も気楽に頼み易いと感じるか、あるいは気後れが少なく感じるなら誰でも ー からの助けを求めてください。そうすれば、すぐにあなたはそれを受け取ります。但し、とても賢く且つ優しく提供されるその案内は、あなたが必要だと思ったものと一致しないかも知れませんので、ご了承ください。あなたは、理解して識別出来るように、事態を違った風に見る準備と用意が出来ている必要があります。そしてそれから、捧げられている援助を実行に移してください。

人生の多くのレッスンを学ぶことは、「愛」に、「神」に、存在せし全ての「ソース」に、ひたすら降伏することです。「愛」は裁かず、非難せず、咎めず、欺きません。「それ」は、全ての問題を解決する賢くて優しい抱擁を捧げます。正義とか賠償とかを強く要求することは、燃えたぎる苦渋と憤慨の状態を助長します ー それはまるで、炎の中で我慢大会をしているようです。唯一の救済策は、それをやめることです。相手が自分に(おそらく意図して)引き起こしたようである痛みを、先ず最初にあなたが感じる時、その状況から退いて、相手もまた痛みにあり、その救済策は「愛」である、という気付きを維持するのは困難です。何故ならば、自分の一部が憎みたがっているからです!しかし、苦痛、虐待、裏切り、あるいは他のどんな形態の攻撃にでも、それに執着しては、ただ自分自身の痛みが続くのを確実にするだけであることを、経験からあなた方は知っています。

それ故に、どんな理由であれ痛みにあるときは、助けを求めて、そして愛情ある抱擁を求めて、内側に入ってください。ハートを開いて、そうしてただちに提供される、驚く程強力な優しい抱擁を迎える準備をしてください。そして、「いかにも私は、その瞬間に相応しいことをやっているのだ」というあなたの直感的知識に任せて、自分が経験している痛みやストレスを軽減してください。自分の存在の深いレベルで、あなたはこれがそうであると知っています、全ては「愛」であることをあなたは知っているのですから。

とてもとてもたくさんの愛を込めて、サウル。

http://johnsmallman.wordpress.com/2013/11/01/your-collective-intent-is-the-determining-factor/

翻訳 ソウルカメラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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