サナンダ/ジーザス・・・2013年8月7日 サナンダ/ジーザスが書いた新しい聖書 
http://www.whoneedslight.org/index.html?entry=chapter-two-the-new-scriptures
Chapter Two, The New Scriptures as Written by Sananda/Jesus
by Kathryn E. May, PsyD on 08/07/13

今日は、惑星地球の新しい時代の二日目です。今は変化の時であり、如何に貴重なものであっても、古い考えを捨てる時です。私の名前で確立された宗教を変革しなければならない立場に今立っているのは残念なことですが、私の教えの誤まった解釈がは広くはびこっているので、記録を正さなければなりません。もしもあなた方のハートとソウルの仕事であるメッセージが、非常に頻繁に、しかも意図的に誤まって引用され、変えられているとしたら、同じようにしたいと望むのではないでしょうか?

これは私にとってプライドの問題ではありません。これは真実の問題です。母/父なる神と私は、主創造主と共に長い間、惑星地球の為のプランを発展させてきました。私たちの青い惑星についての夢は、いつも、人類に自由意志を経験させられるように、重い三次元の世界を作り出すために、地球をより低い振動へと降下させることでした。宇宙の法から分離されると感じられる唯一の方法ですので、もちろん、自由意志を経験させるということは、忘却のベールの背後で行うことを意味します。あなた方の感覚は、高次元での私たちにとっては極く明らかである、動的な因果関係から離れていて、相互に独立に物事が起きるように感じさせるものです。

この夢は、地球が五次元より上の次元に、人間たちと、動物たち、植物、及びその他の意識を持った愛するファミリーが一緒に勝利のうちに上昇してくる(もちろん、宇宙的な定義での)時にかなえられます。そうです、それが私たちが予見していたことであり、今見られると期待していることです。私たちの人間に対する信頼は、外れてはいませんでした。

闇の者たちが人々の思考と感情を利用して混乱を引き起こすことによって、このプロセスを遅延させたにしても、人間は耐性と、アダムの種族としての真の性状である、公正で正しく、真実であることを感じ取る能力を示しました。あなた方はそれを強靭なハートと遠く広くまで感知するマインドとを用いて行い、又、自分がうっかり誤まっていたと感じた時でも、ある形の誠実さを示さざるを得ないのです。あなた方は柔軟性、勇気を持ち、決断が出来るように構成されています。これらは、あなた方の創造力の力強い基礎となる特質なのです。あなた方は自分たちを混沌に満ち、自分の感情と思考の制御が出来ず、直感のなすがままになっていると見ています。私たちには、明敏さが見られ、欠けていることは、創造されたレベルにまで知性と制御力を上昇させる優れた指導だけだと思われます。

これがこのメッセージの目的です。すなわち、親愛なる母なる地球と共に、数年ではなく、数週間あるいは数ヶ月以内である極く近い将来に、次元上昇出来る点にまで、今、毎日の暮らしにおける動作のレベルを上げる助けをすることです。多くの人たちには既に備えが出来ていますが、私たちが昔、夢の時間に全ての人々の間で交わした次元上昇の約束は、五次元への敷居を全ての人を越えさせる、最もすばらしく、喜び溢れるハートの向上状態を作り出すために皆が一緒になる、ということでした。

今、皆が一時にと言っていることは、皆が全く同じ時刻にと言う意味ではありませんでした。あなた方はそれぞれが準備が出来たと感じた時に移行するでしょう。ある人は何年もかけて準備をしてきて、遷移をする為に必要な訓練と上昇について十分に知っているので、第一の波に乗って船出をするでしょう。その他の人たちは、古い親しみのある生き方にこだわるかどうかにかかわらず暮らしの全てが変化する、という考え方に慣れるために、更に数週間、あるいは数ヶ月を要するでしょう。そしてもちろん、多くの人にとって、古い親しみのある生き方とは、宗教的な伝統に浸り込んでいるものです。

世界中でそれが、たった一つの真の神の世界であると主張する、一つの宗教に対する別の宗教が紛争の領域でした。親愛なる友よ、私は完全な自信をもって、今、惑星地球上ではこの時点で何一つ真の宗教は無い、と、あなた方に語ることが出来ます。キリスト教からイスラム教まで、仏教からヒンズー教、最も離れた遠隔地の森林や山々での種族的な信念まで、どの宗教にも、多くの真実と多くの過ちがあります。(あるものは、単純に神を、人々自身に、そしてあらゆる生き物に受け入れるという点で、真実に限りなく近いにもかかわらず、)全ての人が読めるように、今回は、私の言葉を記録し、21世紀の今の習慣になっているように、レッスンを直接、簡単な形で表現することによって、より良い仕事をしたいと思っています。

今あなた方に行いたいレッスンでは、私は、たとえ話と生きた例を使いますが、2000年前にしたように、極く一般的なもの、あなた方全てが日々の出来事として経験することに限ろうと思います。多くの変化が起き、文章や言葉は当時のニユアンスとは違ったものになっています。この変化は蓄積したものになっています。今日では、私の友人のレディー・ポーシャの助けでこれらの言葉を書き、世界中に電子的に伝えることが出来、一、二週間以内に数百万の人たちが読むと期待できます。これが原文にはなんら変更を加えないように、翻訳は私個人が承認したものとするように要請する理由です。この考え方は、旨く理解できるようにとの再解釈、あるいは不正確な翻訳との遭遇を難しくするものです。

国際的で多言語の聴衆を頭の中において、古い聖書では、最も誤解が顕著だったものである、最も基本的な教えから始めたいと思います。母/父なる神の言葉が、私に従うようにとの調子になっているという利点を感じているので、以前のメッセージと母/父なる神との対話からほぼ二年経過した今、私はこれらの教えを展開するという選択をしました。この行き方で、これらの言葉は私の簡単なレッスンを提示するための重要な内容を構成しています。

レッスン1は、あらゆるものは一つ、と言うことです。あらゆる意識はつながっているので、全ての存在はお互いに、又、神と繋がっています。これは地球だけに当てはまるのではなく、全ての遠くにいる存在、植物、及びこの宇宙の星星にも当てはまります。あらゆるものは一つです。あらゆるものは神です。

さて、レッスン2では、父、息子、及び聖なるスピリットの間の三位一体として知られている関係について説明します。主創造主は三位一体というピラミッドの頂点に位置します。彼/彼女はあらゆる創造物の創造主であり、あらゆる始まりの始まりであり、あらゆるものの源です。私、サナンダは主創造主の息子です。私は今これを、この物語における、輝かしい欠落した鎖の輪であり、私のソウルの片割れである、ツインフレームのレディー・ナダを含めるように改めます。母/父なる神、ミルキーウエイ銀河の中で創造されたツインフレームとが混合して聖なるスピリットを作り上げています。
創造の物語における族長の記述では、生命を与えた者、プロセスに欠かせない部分である、人間の母と同じ、母についての記述が欠落しています。

男だけについて、その功績と強さだけを名指すという元々の傾向は、この惑星の生活と統治における女性の価値について全く歪んだイメージを与えます。私はこれらの記述で、過ちを正し始めるようにします。

バイブルにおける教えとは反対に、メアリーマグダレーナは売春婦でも如何なる種類の堕落した女でもありませんでした。彼女は強く、知的で、偉大な気高さを持った婦人でした。彼女は私の愛する妻で、私たちの子であるサラーの母でした。彼女についての下品な描写は、過去120年程の間に西側でなされたある小さいプロセスはあるものの、現在まで続いている女性の地位の低下の始まりでした。

私のハート中のハート、ソウル中のソウルであり、私の生涯の愛であるメアリーマグダレーナは、これらの年月を通じて、強く、正しい女性のモデルでした。そうではなく、私の死後300年後にバイブルの為の物語を編纂した男たちのグループは意識的に彼女の存在を人々の心から抹消する決定をし、その意図は成功しました。私たちを分離し、私を独身の、誰にも帰属していない一人の男としてのイメージを創り出すことによって、彼らは、私が、愛し、一身を捧げる夫であり、父であるという真実を、人々から奪い去る嘘をつきました。

それが、性の戦争として知られていることの始まりでした。私たちにとっては、戦争はありませんでした。私が一身を捧げた母、父、私の拡大家族の愛が示したのと同じく、そこには、私の生涯の挑戦の間私を支えた、相互の間の尊敬と永続的な愛に基づく、強い、親密で、平等な協力体制がありました。

これが、幸福で独立した人々の文化の基礎なので、彼らが抹消したいと望んだのは、家族愛を通じての強さである、このイメージでした。強く、協力的なファミリー/コミュニティー構造を形成する者は、政府や宗教機関のようには、脆弱さがあまり無く、外部の要因には多くを依存しないので、支配し難く、権力による約束や物質的な楽しみには誘惑されにくいのです。

私の生涯についてのバイブルの書き換えに続いて、人々の主な関係がどのようなものであるべきかについての大きい嘘が全ての人を混乱させ、不安にさせました。男と女、女とその子供、男とその子供の間の関係は、全てが再定義され、歪められました。神に仕えることが、独身であり、分離し、相対する性から遠ざけられなければならないと言う意味を持つのでしょうか?全く違います。孤独の生涯を誇示するかどうかは、厳密に個人の選択によります。同じ性の大人からの引き寄せが、神からの否認や罰と言うリスクを負わせるということを意味するのでしょうか?絶対に違います。誰があなた方の親密なパートナーであるかという点での、あなた方のライフスタイルの選択は、あなた方が分かち合う愛の質、思いやり、親切、許容、パートナーとの間の関係における行動を除いては、神への献身とは何も関係はありません。

私たちに愛する神の栄光と存在を感じさせるように大いに刺激する密接な家族関係の中での相互の慰め、養育、友情に向かうのではなく、許し、導き、及び慰安のために僧侶、又は大臣の方に向かいなさいと、人々は要求されたのです。これは教会(如何なるものでも)という機関とその教義が人々に対する権威になり、人々に対する、神の言葉と神の意思の解釈をする権利と責任を持つ権力構造を作り出しました。このようなことは、決して、神や私の意図するところではありませんでした。

私は、人々が、祝賀や楽しみ、神の愛の抱擁の中で喜びに浸る集まりの場所を除いては、あらゆる宗教構造を除去するよう提案します。私は又、あらゆる教理、教義及びルールの排斥を提案します。私たちが必要とする唯一の指針は、ここで私が提示する簡単なレッスンに見られることであり、親切、調和、愛、許容、思いやり、及び喜びをもって暮らす、ということです。ハートとマインドの拡張を愛し、それを経験する人全てに喜びをもたらしてください。もしもそれに効果がないとしたら、それは愛ではありません。それは愛のように見せかけている何か他のことなのです。

神は愛です。主創造主は愛であり、これが私たちの終わりの無い愛の最高の例です。母/父なる神は、個々でも、二人でも愛です。これには審判、悪意に満ちた欲求、あるいは非難の余地はありません。神は罰しません。人間のみが闇のエネルギーの影響を受けて罰について語り考え、思い描く事に興味を覚え、いわゆる”罪”に苦しむのです。神はこのようなことを考えもしません。私はこのような考えを教えたり、勧めたりはしません。

私たちには抑圧が怒りを呼び、人々の間に競争と紛争を生じる傾向があることを知っています。私たちは経済的、宗教的、及び政治的な奴隷制度の下から解放されれば、課された罪、恥、及びその結果としての憤りから解放され、自由な男と女は、彼らがなりうる創造主としての存在である親切な、愛の種族としての経験を始めるでしょう。

私たちの意図は分裂性、二元性、分離、及び憤りの終わりへの道を示すことです。それらに代わるものは、スピリットの寛容、親切、許容、友情、全ての他者及びあなた方の愛する母であるこの惑星への奉仕でしょう。

私は愛です。私はあなた方のサナンダであり、全ての人類は神のイメージの中で創造されたのですから、人類の覚醒の為に役立つ生涯を捧げる者であり、それが全ての個々の人間が、あなた方自身が神であることを発見する可能性がある、愛の道を示し、教える私の真の道なのです。あなた方は光であり、愛なのです。

これでレッスン2を終わります。
私たちは一つです。
サナンダ

翻訳 Taki

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