スザンヌ・リー

2015年6月11日

ひとつになる ―人々と惑星― ブログマラソン

Becoming ONE-People and Planet “Blog-a-thon”

6-11-15

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ひとつになる ―人々と惑星― ブログマラソンにようこそ!

今日、私たちは第三チャクラに関する情報を公開します。

明日はガイアの第三チャクラについて彼女に話を聞く予定です。

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第三チャクラ

リンク

http://www.multidimensions.com/integration-process/integration-of-your-planetary-body/third-planetary-chakra/

場所:第三チャクラは胸骨と臍の間にあります。

花弁:第三チャクラには十個の花弁があります。第三チャクラがスピンする時、それらは渦のように見えます。数秘術によれば、10という数は1へと減少します。1という数は、『始めに言があった』というような類の始まりを表します。すべての言葉は思考と共に始まります。たとえそれが無意識的なものであったとしても、思考はコミュニケーションに先立ちます。第三チャクラは私たちのコミュニケーションに対応していますが、それは四次元的なアストラル界でのコミュニケーションを伴い、それはしばしばあまりに無意識的なものです。

音調とマントラ:このチャクラの音調はDでマントラは『ram』あるいは『aum』です。

色:このチャクラの色は黄色から金色です。誰かのオーラをアストラル視力で観たとき、黄色は知性的な思考を表します。金色はその人の魂魂の質がその人と一体化していることを表します。その人のオーラに黄色が優勢なとき、その人が自身のエゴに基づく論理的思考に執着していることを表します。他方、その人のオーラに金色が優勢なとき、その人のエゴは地球での物理的な器のコントロールを魂に委ねていることを表しています。

物理的なレベルでは、黄色は警戒を表します。黄は赤が表す『止まれ』と、緑が表す『行け』の中間の色です。大いなる警戒は私たちの物理的自己とアストラル的な自己を統合する際に必要なものです。スピリチュアリティの道は慎重な忍耐によって舗装されています。

支配:第三チャクラは私たちの意識のメンタル的な部分を支配し、サイキック的な思考と知的な思考の双方を統治しています。また、私たちのマインドによって増幅される自由とコントロールの力も第三チャクラは統治しています。このチャクラは『力のチャクラ』です。それは私たちの自己の力の感覚を統治します。それは内にある力、運命を越える力、他人を支配する力、他人が私たちに及ぼす力などです。

もしある人が陰、女性的エネルギーに偏り過ぎているなら、彼あるいは彼女は無力感を感じるでしょう。他方、もしある人が陽、男性的エネルギーに偏り過ぎているなら、彼もしくは彼女は攻撃的すぎるか貪欲すぎる傾向があるでしょう。第三チャクラは肝臓、胆嚢、胃、脾臓、膵臓に関係しており、私たちの気分が一日の間、どれだけ中心軸に保たれるかを規定しています。それは私たちのメンタル的な機能と自発的な状態を保つ能力に関係しています。

私たちのエゴの投影と、私たちの生命エネルギーの双方はこのチャクラの影響を受けます。なぜならこのチャクラは、私たちが自己感覚を、他者との権力闘争の中で、どれほど上手に保つことができるかを規定するからです。もし私たちが子供で、戦いの相手が私たちの両親なら、エゴ同士の戦いに勝つことは難しいものです。ですので、このチャクラは、私たちが子供のころ、両親や他の権威者との間で戦われ、そして負けた沢山の権力闘争の秘密を保持しています。

第三チャクラは四次元のアストラル界へのゲートウェイとしても知られています。そのため、それは私たちのアストラル的な感情を支配します。ですが、それらの感情は物理的な感情とはとても異なっています。物理的な感情は第二チャクラを通して感じられます。私たちの第二チャクラは本能的な、生き残りのための感情を支配しています。反して、第三チャクラの感情は、私たちの思考プロセスに関係しています。

それらの『認知的な感情』は他者のリアクションとして感じられます。また私たちの欲望とゴールへのリアクションとして感じられます。それは思考と感情のコンビネーションであり、それは四次元へのゲートウェイを開きます。一度そのポータルが開くと、そのポータルは私たちの三次元的な知覚と、サイキック的、直感知覚的な高次感覚を混ぜ合わせ始めます。

肉体とアストラル体の統合は、第三チャクラに、もう一つの『コントロール』に関する課題を作り出す可能性があります。また、コントロールに関する問題を持った個別のエゴたちは、彼らの個人的な力を他者の上に及ぼそうとします。それに加えて『思考vs感情』、『直感vs知性』、『陰vs陽』という内面のコントロールの問題が存在しています。

感覚:第三チャクラは私たちの視覚を支配しています。それは私たちの三次元的意識の物理的視覚と、『第二の視覚』、つまり私たちの四次元的意識のアストラル視力を支配しています。

星座:多くの場合、獅子座がこのチャクラに関連付けられている星座です。獅子座は太陽を支配します。太陽は暖かさと強さのシンボルであり、同様に、私たちの、承認、力、社会的地位への奮闘のシンボルでもあります。占星術的には、私たちの太陽は、この人生の中で私たちが構築するエゴのシステムを表しています。

第三チャクラはそのエゴ・システムの戦いを表しています。最初にエゴは他者と戦い、その後に自身の魂と戦います。私たちが自分自身の内なる力を見つけるとき、私たちはもうそれ以上、他人と戦う必要がなくなります。そのあと私たちのエゴは、私たちの魂のいまだ小さい声に気づくことを学び、魂という上位の指導者へと地球の器のコントロールを委ねることを学びます。

エレメント:火がこのチャクラに関連付けられているエレメントです。火は私たちの三次元的な肉体の電気的部分/神経に関する部分を表します。電気的性質は私たちの行動を意識的に支配するための能力に関連付けられています。行動の制御は思考によって為されます。なぜなら神経システムの電気の発火によって、大脳皮質は私たちの行動を選択できるようになるからです。

振る舞いや行動や言葉や態度を選択する私たちの『意志の力』が増大したとき、私たちは意識的に人生をコントロールします。他方、もし私たちの行動、振る舞い、言葉や態度が意識的に選択されていないのなら、私たちは物事に応答するというより、ただ反応しているにすぎないのです。その場合、私たちは自分の生活が『コントロール下にある』とは感じられません。なぜなら私たちは自分を力づけるような反応を選ぶことが出来ないからです。

第三チャクラ、すなわち太陽神経叢のチャクラは、人類がそのヒエラルキーのトップに位置していると言われている動物王国を支配しています。人類が動物王国のトップに位置しているという判断は、私たちの大脳皮質のサイズと、私たちには自己の運命をコントロールする能力があると思われているためです。ですが、そのようなコントロール能力は大脳皮質のサイズにのみ由来するのではありません。クジラやイルカは私たちよりも大きな大脳皮質を持っています。またイルカは実際、人類より多く言語能力に関する器官を持っています。しかし、クジラとイルカは人類による暴力を何年も与えられてきました。

人類もまた同様に他の人間によって、傷つけられ、殺され、奴隷にされてきました。第三チャクラは種族間、種族内、双方の、力と権力のための抗争を扱うチャクラです。話すことによって、思考や感覚を伝える能力は、そのような抗争の中において、常に重要なファクターであり続けています。

意識:このチャクラに結び付けられている脳のエリアは大脳新皮質です。それは高次のメンタル機能が始まる場所です。第三チャクラは私たちの三次元的意識に対応しており、また同様に、どのように私たちの四次元的アストラルボディが私たちの物理的な世界に影響するかにも関係しています。もし私たちがアストラル的な自己からのあらゆる意識的影響を拒むなら、私たちは自分たちのリアリティに制限をかけることになります。

個人的タイムライン:このチャクラは六歳から思春期までの年代に対応しています。このタイムフレームは子供が学校に通い始め、家族の持続的な影響から遠ざかり始める時期です。六歳から十二歳までの年齢を通して、子供は教師、友人、友人の家族と交流を持ちます。ですが、主要な影響源はいまだに本人の家族です。

両親と自分が違っているということをこの年齢の子どもたちは日に日に気づいていきます。特に彼らが思春期の初期段階に移行したとき、その気付きは彼らを家族の中での自分自身のアイデンティティの探求に駆り立てます。十二歳以降の思春期では焦点は家族から友達へと切り替わっていきます。もしこういった思春期の若者が家族というシステム内での生活で自己の感覚を構築することができるなら、彼らは家の外で同じプロセスを簡単に繰り返すことができるでしょう。

社会的タイムライン:人類学的に言えば、第三チャクラは、シリアやギリシャやローマやエジプトに偉大な帝国が存在した、五千年ほど前の文明に対応しています。これらの社会は対立者に対して支配の力を及ぼすことによって統治を確立しました。これらの文明の興りとその頂点は、人類の認知能力の拡大によって特徴づけられています。これらの文明の中で、少なくとも社会のメンバーの何人かが、サバイバルを超えた何かを追求するための時間を持ちました。これらの文明のほとんどでは、多数の神、女神、また同様に動物達にも、礼拝が捧げられていました。

内分泌腺:第三チャクラに関する内分泌腺は膵臓です。膵臓は食事の消化に関して重要な働きをします。膵臓はインシュリンを分泌します。インシュリンは炭水化物の消化に必要な代謝作用と器官の血糖値レベルを調整します。膵臓によって分泌される酵素は死亡とタンパク質のバランスを取るために重要です。

この分泌腺は多すぎる糖分がシステムの中に取り入れられたとき、狂ってしまいます。人がもっと生活の中に甘さを取り入れたいのに、その方法がわからないときなどに、それはしばしば生じます。アルコール飲料は即座に砂糖に変換されます。糖尿病はアルコール依存症の結果として生じることがあります。この場合も、その人は人生に向かい合うための力を持っていないと感じ、自分をなぐさめるための物質を摂取せざるを得ません。

神経叢:ちょうど肋骨の下にある太陽神経叢がこのチャクラに結び付けられている神経叢です。このチャクラに結び付けられている肉体の部位は、腰、下腹部、消化器官、胃、肝臓、腎臓、胆嚢、自律神経です。

クリアなとき:第三チャクラがクリアなとき、私たちはパーソナル・パワーと自発性の感覚を強く持っています。他者との権力闘争は少なくなります。なぜなら私たち自身のリアリティの責任を私たちは引き受けるからです。それゆえに、私たちは被害者意識を持つことはなく、他人にコントロールされているとも感じません。生活の中に問題があっても『これが私にやってきたということは、これは私が対処すべきことなのだ』という理解を得ます。私たちは能力を向上させようとする強い決意や、強い意志力や、良いセルフイメージを持っています。

自分の人生に立ち向かうとき、私たちは健康と活力を得ます。陰と陽のバランスをとるとき、思考と感情、直感と論理、意志と明け渡しのバランスをとるとき、私たちはアストラル界からやってくる無数のメッセージに意識的であることができます。私たちは他人と自分の感情を見分けることによって、他人の『サイキック的な引っ張り』から自分自身をシールドすることができます。自分のアストラル界に耳を傾けることで、自分の感情と他人の感情を見分けることができるようになります。アストラル界は私たちと夢やイマジネーションを通じてコミュニケートしています。

クリアではないとき:第三チャクラがクリアでないとき、私たちは無力感を感じます。必要とする物を必要なときに集める能力が無いと感じるとき、私たちは意地汚くなり、疑い深くなり、怒りっぽくなります。もちろん罪悪感も感じます。私たちの体は持続する緊張に対して、潰瘍、黄疸、肝炎、糖尿病、低血糖症、そして胆石などを作ることで応じます。この世界の中での無力感は過度の心配性や心気症的な痛みや、短気や、引き延ばし癖の原因となります。過度に過敏になったり、簡単に泣いたり、慢性疲労を感じたり、またしばしば不安や鬱になります。

私たちのアストラル・ライフの内なる呼びかけと外界との統合、それに関して私たちが無力であるとき、それは他人のサイキック・ワールドへの過敏性の原因となります。恐怖などの『大音量』の他人の感情は、私たちの第三チャクラで感じられます。そしてそれは私たち自身の恐怖に上乗せされるのです。そしてどんどん他人やグループと一緒にいることが難しくなっていきます。私たちのマインドは強迫的な思考と心配によって、私たちに対抗して競争を始めます。私たちのネガティブな感情は、私たちのネガティブな思考によって増幅され、私たちを持続する不安と動揺の中に留めます。

私たちが過去に失ったパワーは取り戻される必要があります。それによって私たちは現在に生きることができるようになるのです。私たちは過去に戻り、自分自身を苛む原因を作っているネガティブなコア・ビリーフ(核となる信念)を発見する必要があります。『私たちは人生の挑戦に向き合う能力がなくて、幸せになり成功するためのパーソナル・パワーを持っていない』と、それらの観念は、しきりに私たちに囁きます。

地球のチャクラ:地球の第三チャクラはアフリカのキリマンジャロ山です。キリマンジャロ山は世界でも最も高い独立峰のひとつです。他の最大級の独立峰もアフリカにあります。アフリカは私たちの最初の偉大な文明の中心地です。『内なる力』を見つけることによって、自立を勝ち取ることができる、そんな力を、キリマンジャロ山は私たちに教えてくれます。

次元:第三チャクラは私たちの三次元と四次元の体に対応しています。第三チャクラは四次元への入り口です。不幸なことに、この『入り口』は、私たちの体の第三チャクラエリアでの無意識的な感覚によって、最初は肉体で体験されがちです。

他人のサイキック・ワールドの被害者になることを避けるには、私たちは自らの四次元的な力を集合させる必要があります。私たちが内なる世界で平和になるとき、内なる世界で生じる思考や感覚も平和になるとき、私たちは外界の中で『自立して立つ』ための真の力を見つけるでしょう。

要約:私たちの第三チャクラは消化、合成、分配、そして私たちの個人的な力の放射に携わっています。私たちの胃や、膵臓や、胆嚢や肝臓は、私たちの消化と合成に関わっており、脾臓と自律神経は私たちのパワーを分配し、放射します。

私たちのパーソナル・パワーは、私たちの幼年時代によって制限されることもあれば、増幅されることもあります。三次元的な幼少時の環境において、私たちの両親が親切でポジティブで支援的だったなら、あるいは失敗や成功を体験するために私たちが自分で物事を選択する機会を与えてくれるかしたなら、それはどちらも私たちを力づけます。初期の環境でもし両親が批判的で冷酷で無反応で、不公平な罰を与え、私たちを制限するなら、私たちのパワーは取り上げられてしまったでしょう。

四次元的には、私たちのパワーは、幼年期の中で私たちを取り囲んでいる思考と感覚によって、奪われることもあれば、与えられれることもあります。自己の四次元的な力を大人になって否認するようになっても、それは私たちの幼年時代の自然な一部分でした。しばしば子どもたちはフェアリーを見ることができ、犬と離すことができ、ぬいぐるみや人形を生き物として体験します。それを見て大人たちは言ったかもしれません。『なんて可愛い子でしょう。なんていう素晴らしい想像力をあなたは持ってるの』と。あるいは『黙りなさい。フェアリーなどいないし、犬は吠えるだけだ』と言ったかもしれません。

さて、それで私たちは何を信じたのでしょう? 私たちは何にパワーを与えてきたのでしょう? フェアリーや、犬が私たちを愛していると『信じること』にでしょうか。あるいは私たちに家と食べ物を与えてくれる両親にでしょうか。私たちはフェアリーや話す犬が無くとも生きていけます。しかし家と食べ物がなければ生きていけません。それゆえに、私たちは『彼ら』の言うことを聞きます。彼らは私たちを育ててくれます。そして彼らのリアリティは私たちのリアリティとなるのです。

もし私たちが十分に幸運で、自分は力に満ちていると感じている両親、私たちに愛と保護と励ましを与えてくれる両親に恵まれていたなら、私たちは幸せで安全なリアリティを持ち、その中で私たちは自身の完全なポテンシャルを花開かせることができたでしょう。他方、もし私たちの両親が恐れていて、怒っていて、他者の、あるいは『システム』の、力ない犠牲者であるなら、私たちは、そのような世界を私たちの唯一の世界モデルとして再創造してしまう危険性の中にいます。また、そのようなリアリティを創造してしまうのは、私たちへの魂への通路である、私たちの四次元的アストラル界を『ただの想像だよ』という言葉で、鈍らされて、捨ててしまったためでもあります。

子供のとき、四次元的なサイキック『ゲートウェイ』は開いていました。そして私たちは家族と他の親密な人々のすべての痛み、恐怖、怒り、悲嘆をクリアに受け取っていました。大きな問題、それは、私たちが周囲のアストラル環境から『サイキック的に』他者の思考や感情を受け取るとき、私たちはそれを他人のものとして知覚できないということです。私たちはそれを自分自身のものとして知覚します。私たちは犠牲の感覚を感じ、悲しみ、怒り、恐れを自分のものとして感じ、自分はより良い人生を作ることができないと信じてしまうのです。

それゆえに、私たちは自分自身に関するコア・ビリーフを作り上げました。それらは私たちを、心地良くない感情的な世界から守ってくれます。これらのコア・ビリーフは通常、私達自身についての制限に関するものです。たとえば『私は十分に良くない』『私はそれを得るに値しない』『私には価値がない』などです。そして私たちは、それを両親の弱点ではなく、私たちの弱点であるとして、それらの信念を必要なものとして保ちます。これが私たちの問題の源なのです。そのリアリティは、コア・ビリーフであり、それは私たちが作り出したものであり、それはおそらく両親が作ったコア・ビリーフととてもよく似たものであり、それはサイキック的に、両親から私たちに伝えられたのです。

それにもかかわらず、これらのコア・ビリーフは、過酷でなじめない世界からの保護という幻想を創造してきました。ええ、自分が黄金の光の存在であることを覚えていた私たちの内なる自己にとって、三次元はとても過酷で拘束的な世界に感じられました。それゆえに、私たちのほとんどは自分のライトボディを忘れました。なぜなら私たちはそのボディに帰還することができず、それを思い出すことは、ただ痛みの原因となるばかりだったからです。

上記のシナリオでは、子供は、力とは『他者を支配する』ためのものであると学びます。もし彼らの両親が犠牲者だったなら、彼らもそうならざるを得ません。またその子供が、まだアストラル界の『第二の視力』を持っていたなら、両親の激怒と悲嘆の基礎である恐怖と被害者意識を、子供たちは見て、感じることができました。

そんな中、どのようにして子供たちは『内なる力』を学べるというのでしょう? どのようにして子供たちはポジティブなコア・ビリーフ、たとえば『私はパワフルです。私は賢くて、愛されています』などという信念を学べるのでしょう。両親は愛に満ちているような『演技』をし、恐れてなどいないという『演技』をし、幸せであるという『演技』をします。しかし、子供はいまだ真実を『感じる』能力があるのです。なぜならその子供はまだ自分のアストラル・セルフに気づいているからです。不幸なことに、子供がそのゲートウェイを閉じるときまでに、ダメージはもう伝わってしまっているのです。では両親には何ができるというのでしょう?

両親は彼、彼女自身の子供時代に戻って、自分自身のネガティブなコア・ビリーフの原因を探し、それを癒やすことができます。そして、両親は幸せであり愛に満ちているという『演技をする』必要はないのです。両親は幸せで愛に満たされて『いる』ことができるのです。私たちは自分が持っていないものを与えることはできません。もし私たちが自分のお金を持っていないなら、どのようにしてそれを与えられるというのでしょう。もし私たちが自分への愛を持っていないなら、どうやってそれを人に与えられるというのでしょう。私たちの社会はお金の中にパワーを見てきました。そしてそれを得るためになんでもしてきました。ですが私たちのうちの何人が愛の力を本当に体験をしてきたのでしょうか。私たちの『セルフ』から私たち自身へと送られる愛の力を。

Screen Shot 2015-07-10 at 08.42.10翻訳:Tatsuhiko

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