2012年11月24日(土曜日)

愛は無限への扉

By ユート ポゼッガ・ルーデル
 

SATURDAY, NOVEMBER 24, 2012

LOVE IS THE DOOR TO INFINITY
By Ute Posegga-Rudel

2012年8月21日付の更新記事も読んでください。(※訳注:翻訳はここにあります)

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親愛なる皆さんへ!

私達は様々なスピリチュアルな実践をすることができます。私達はボディ・マインド

(身体と知性)を使って、感謝や許しや達観や思いやり等の質を高めることができま

す。私達はボディ・マインドの周囲に注意深くシールドを築いたり、体の内部や下部

や上部のチャクラを意図的に開いたり、聖幾何学やマカバー(Merkabah)を構築す

ることもできます。私達はただただ忙しくなって、マインドや私達のヴィジョンにス

トレスを掛けることもできます。あるいは、私達は神々や天使や高次元存在を崇拝で

きますし、惑星の生物の呼吸やエネルギーと共に生きることもできます。

しかし、私達が愛の性質を使っている時、それは私達が最終的に身を委ねる必要のあ

る教師のように思えます。私達はマインドによっては愛を構築することはできません

が、心の中の火花を燃やすことはできます。それは全ての人の心の中で目覚めて炎に

なるのを待っています。

この炎は他の存在と分かち合ったり、結びつくことで急激に燃え上がります。他の存

在とは人間である必要はなく、動物や木、花、存在しているものなら何でもよく、例

えば石であってもいいのです。なぜなら、“あらゆるもの”が生きているからです。全

ての創造物が生きており、存在しているもの全てが生きているからです・・・壁も建

物も、元素も、景観も、山々も。それら全てが息づいている意識なのです。

この特別な愛の感情を全ての創造物と分かち合う時、それは二つに分離した水滴のよ

うなもので、それらが互いに触れ合うと、たちまち一つになります。

この愛の性質は創造の内に含まれていて、それは時々爆発的に私達の心を満たします

。というのも、私達の心はそれほどまでに大きな愛の感情をほとんど包含できないか

らです。

創造に内在する愛への反応としての愛は、もし私達が全存在、All That Is(存在する

全て)に神性を感じることを真に認めるならば、いつも私達の心を膨らまします。そ

れは全存在(All That Is)との私達の親密な繋がりは、全てとの一体性を示してい

ます。

しかし、私達が自らの心の愛の本源そのもの、全ての創造物が生じる意識、愛と至

福であるものとの接触を求める時、愛は真に神聖なものになります。

どうやって私達は自らの心の愛を用いて、その本源の究極の美を見つけるのでしょ

うか?
初めに私達は自分自身を愛さなくてはなりません。それ以外に方法はありま

せん。
私達は自らの心の中に口火となる点――私達こそが聖なる存在であることを

知るスポットを先に見つける必要があります。私達はそれに関する喜びを、完全性

を、美を認めて慈しまなくてはなりません。

それでも、これは自己完結的でありながら重要な状態です。とは言うものの、それ

は私達自身を超えているものとして包括的に捉える必要性を感じます。

そして私達はこの美しい炎を創造と共に分かち合い始めますが、上述したように、

それは常に今なお創造それ自体の中に含まれています。

この愛を、聖なる輝きの本源意識と一緒に分かち合いたいならば、頼ま(求め)な

くてはなりません。なぜなら、私達が本源と分かち合いたいもの全ては、私達自身

を超えて、そして私達が「私」と知覚するもの(たとえ体を超越する「私」であっ

ても)の境目を越えて、完全に私達を描き出すからです。

頼む(求める)ことは、ボディ・マインドが有限で常に変化の対象であるとの理解

に身を委ねる意思表示です。そしてこれを認めている間、私達の心は“あの決して

変わらない一つの現実”に、その身を明け渡し始めるのです。

私達が自らの心の愛と一緒に“あの一つの現実”に立ち返るとしたら、それは無限

なる広大なハートへと私達の心を突如として開く恩寵です。そして、ただ輝きだ

けがあります。ボディ・マインドはなく、爆発しているように見える心もなく、

ただ輝く存在だけがあります。それは、最も神聖で言葉にならないほど貴重な聖

なる愛の宝として感じられ、本当に言葉や描写を超えたものです。・・・

この輝きの中では、もはや聖幾何学もなく、質を高めるための努力もなく、例え

ば達観や思いやり、更なる努力や他のどんな努力ですらないものです! 努力を

要しないということは私達を包含するものであり、それは私達よりも偉大なもの

であり、私達を無限から隔てている薄皮を開いて、私達それぞれの小さな水滴が

大海と一つになる、ということです。

それは大きなパラドックス(矛盾・逆説)です。それと言うのも、私達は大海と

の喜びに満ちたワンネス(一体性)を意識しつつ、同時にボディ・マインドであ

ることもハッキリと識別しているからです!

でも、このワンネスは別の存在を創り出しているようにも見えます。つまり、私

達のボディ・マインドがそれに付属物のように張り付いている間は、この至福を

、この光を、この最高の聖なる愛を体験している者という別の存在に思えるので

す。なぜなら、この聖なる愛は決してボディ・マインドの“中”には含まれないか

らです。それと共に新しい現実が始まり、それは球状のもので、私達人間の心の

正面に現れています。

これは私達自身の真実の夜明けのイメージです。そこからボディ・マインド(私

達が「私」とか「思考」とか呼ぶもの)が次元領域での分離の経験を得るべく放

射されています。

したがって、この制限付のボディ・マインドは、決して十分には私達の神聖な根

源存在そのものを表現することはできず、単に人間の心の中に住む根源存在から

の極めて小さな反射を示しているに過ぎません。それはつまり、愛である無限の

一部になるべく、愛を通じて各々の本源を究極的に認識するために点火している

ということなのです。

幸福でいてください!
たくさんの愛を込めて、
ユート


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