2013年1月12日(土曜日)

ラベル(レッテル)を剥がして、神聖な者になって下さい!

By ユート ポゼッガ・ルーデル

http://radiantlyhappy.blogspot.jp/2013/01/take-labels-away-and-be-divine.html

SATURDAY, JANUARY 12, 2013 

TAKE THE LABELS AWAY AND BE DIVINE! By Ute Posegga-Rudel

2012年8月21日付の更新記事も読んでください。(※訳注:翻訳はここにあります)

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敬愛する友人達へ、

私はしばらく記事を書いていませんでした。私がしている他の全ての仕事に加えて、コンテンツを統合したり取り除いたりする作業に忙しくしてたからです。

コンテンツ(内容/内実/中身)? ああ、私達がマルチレベルで多次元的な存在である間は、そのプロセスには終わりがないように思えます。

コンテンツの層の後にも層があり、皆さんはそれを“Vasanas”(※訳注:個人の現在の振る舞いに影響する行動的性質、またはカルマの刻印)とか傾向と呼ぶことができます。つまり、私達の個性(パーソナリティ、人格)の全構成要素、あるいは他の存在や生涯において保ってきた個性です。それは最終的に、ただ私達であるもの~輝く神聖な意識~になるためのクリアリング・ハウス(※訳注:複数の情報システムを中継し、様々な形式のデータを相互に利用できるようにするための仕組み、または各種の精算所)です。このプロセスでは、もちろん私達は常に人間であり、信念体系や感情のような私達が有するある種の特徴を備えた三次元の中での存在に関連付けられています。

実際に、私達の全存在は信念体系で構成されています! 全ては多かれ少なかれ(私達にとって)個性の重要なユニットであり、それらを通して私達は世界を知覚しています。

外側に現れる世界は私達の内側にあるものの反映なので、必ずしも外的状況の詳細まで正確というわけではないにしても、それらに対する私達のリアクションの中で、私達は自らが信じている通りのものを見ます。

だから人生は偉大なる教師であり、私達は遠くまで行く必要も複雑にする必要もありません。私達はただ、私達を思い悩ませるものを見なければならないだけです。

もし最も鈍重な振動数から最も軽い振動数の全スケールの中で、どんな性質のどんな層もなかったら、私達はどこにも存在せずに、ただ純粋な輝き、“低次”であれ“高次”であれ、いかなるアイデンティティも、またいわゆるどんな経験もない、究極の意識であったでしょう。

しかし、日々もっとよく己を知ることが、神聖な源に私達のコンテンツの各詳細を合致させるために必要なプロセスなのです。

私達の存在のまさに核心が神聖な輝きであるという真実を私達自身で認めるならば、このプロセスを最も楽に行うことができるでしょう。ある人々は、全ての転生・個性・次元・経験を超越しつつ同時に包含している一なるものを、愛や光やその両方であると言い、また神や神聖なる意識であるとも言います。

それはつまり、私達の存在そのものです。あるいは、一なるものこそが私達です。もし私達そのものである偉大な存在を否定したり、疑問に思ったり、否定的に捉るとしたら、それはマインドの働きに起因します。私達のマインドの下に隠されている多くのコンテンツがあります。信念の型中では、マインドはエネルギーを抑圧することができます。例えば、私達の真の存在の波動などです。そしてもし私達がそうした生きたエネルギーを強く抑圧するのなら、私達はますます硬直して融通が利かなくなり、正気を失い、最終的には病気になります。

私達がメンタル・パターンによって抑圧した生きたエネルギーの全ては、無意識に溜め込まれており、自覚しているコンテンツと無自覚なコンテンツとの比率によりますが、かなりの程度で私達の人生を左右しています。そうですね、私達は自由意志を持っています。ただし、それは私達が無自覚である事柄を十分に自覚している場合に限られます。でなければ、私達の自由意志は隠れたコンテンツの中から働くようになり、なぜ特定の出来事~私達が意識的に起きて欲しくないと願っていた事柄~が起きてくるのか、私達は不思議に思うでしょう。
ですから、私達が自らの神性を否定するとしたら、それは沢山の信念体系の下、もしくはエネルギーや周波数の下に隠されていることに起因します。それらの信念体系は、ある意味、私達の神性が自由に流れることを阻害しているのです。

それでは、どんな風に私達の輝く神性にアクセスしたらいいのでしょう? 私達の真の性質が隠されたものを見抜くために、どうすれば全ての層を通り抜ける方法を見つけられるのでしょうか?

その答え自体は皆さん、単純なのです。でも、いつも単純(簡単)というわけではなく、私達が感じるもの全てに対する感覚と受容性が必要です!

では、そこで感じることとは何でしょうか? 親愛なる皆さん。全て、です! 私達が感じれば感じるほど、さらに感じるようになります。それは馬鹿げた記述に思えますが、どうかその中で感じてみて下さい! もし私達が進んで感じようとすると共に、怒り・恐れ・罪悪感・羞恥心・悲しみ・憂鬱などの様々な種類の感情をも完全にどこまでも受け容れるのであれば、私達の神聖な輝きの上に被さる層の構成組織は、私達がその糸を引っ張って解きほぐしてゆくにつれて少しずつ消滅していきます。そうして私達は、より身軽になって自由に光り輝くのです。

私達の神聖な輝きは、無限を感じ取る受容力と時を同じくして始まりますが、無限それ自体が私達の経験と実感になるその時まで、確かに感じられます。

これがアセンションと何の関係があるんだと、皆さんは尋ねるかもしれません。または、自分の故郷に帰りたいとか、ポータルはどこだと考えるかもしれませんね 最終的にここを出て次の高次元に入るために! あるいは、これがどんな風に私達の苦しみの世界を変えていくのかとか、どんな風に地球の重要な変化に寄与するのかと尋ねるかもしれませんね! どこにアクションがあるのか! と。

繰り返しますが、答えは単純です。私達の外的世界は、私達の内側の投影であることを思い出して下さい。もし私達が無意識にコンテンツを隠したら、それが苦しみの性質を帯びていようが、私達の神性を帯びていようが、それは私達の世界の密度と現状維持を支援するのです。私達がコンテンツに対する抑圧を解き放って、開かれた感覚的気づきへと変えるなら、それは重みを失い、無限の輝きに向けてほぐれていきます。無自覚の神性は、真の現実の中ではなく、私達の知覚の中で、鈍重なコンテンツが無限の輝きよりも優位に立つことを許してしまいます。私達が知覚することというのは、私達が信じていることであり、私達が創り出していることなのです。

私達がネガティブな感情と呼んでいるものに関する、この終わりのない判断があります。そういう訳で、私達はそれらをあえて感じないのです! それは私達が言われているような「スピリチュアル」ではありません。だから私達はより一層、それらを抑圧するのです。私達自身のエネルギーを抑圧するという意味です。私達が感じるものを自由に感じることが社会的に許されていません。そしてこれが実際のところ、人類を抑圧する(そして憂鬱にさせる)ある種の教育システムを生み出す、支配者による非常に賢いトリックの一つなのです。

人類そのものを抑圧してきた人類は、自らの生命力の表現を抑えてきました。抑圧すればするほど、怒りを言い放つようになり、より暴力的になります。しかし怒りは手始めとしては、まさに解放の手段になり得るものです・・・怒りを真っ当に感じる時には。でも、適切に感じる場合もそうでない場合も、私達が立腹する問題をさらに抑圧すると、ますます抑圧のエネルギーが強くなり、一層、私達自身の自己という実体~私達の神聖なる自己を放射して生きることを願う真の生命力~を抑圧してしまいます。

無限の存在の観点からすると、判断というものはなく、あらゆる感情は経験されるために、ここにあります。それを経験したがっているのが、無限の存在なのです。そうでなければ、どうしてこれらの感情が存在するでしょうか? 真の現実においては、ただ一つの統合されたエネルギー、もしくは光や意識の場があるだけです。その中で、あらゆる種類の振動数と密度が生じるのです。誰がこの無限の存在の海、単一なる呼吸意識の中で、「良い」・「悪い」の裁定者になりたいと思うでしょうか?

それらは皆、経験されることを望んでいますし、そのために三次元があるのです。私達が行う判断を通じて、「これは良い、これは悪い」ものだとしているに過ぎません。そしてそれによって、私達は神聖なものが完全に現れるのを拒否しているのです。

この年、2013年は、私達が自らの神性の状態になり、全ての潜在能力を発揮していく年になると言われています! それなくして、私達はどうしてアセンドできるでしょうか! それは全て波動的な旅であって、マインドの旅ではないのです。私達は波動的な存在であって、マインドの創造物ではないのです。

しかしこの気づきが、突然の爆発と共にすんなりと無からやって来るわけではありません! 私達にはしなければならないことがあります。ただ、それでもサポートや手段の全てが、それを達成するべく与えられます!

この次元を離れるためのポータルがあるでしょうが、私達が自らの波動的な真実とポータル~それ自体が波動的な現象ですが~に気づかない限り、使い物にはなりません。

唯一、私達自身の波動的な性質に気が付いて、私達をこの凝り固まった二元性に縛り付けているものと一緒に解き放つ時、私達はそのポータルを用いることができるようになります。もっともアセンドする目的でなければ、または私達が変わらず好きでいる場所を旅する目的でなければ、ですが。というのは、私達は既にアセンドしているからです!

私達がこの苦しみの世界に未だに関与して、結果的に所定の位置にこの世界を留めるものを解放した場合に限り、私達はそれをすることができます!

私達の個人的な無意識の領域から解放すること全て、世界から解放すること全て、そして彼女(地球)から重荷を下ろして楽にすること。もし私達が、私達とは何者であるか、そして波動の観点からそれを体験する者となってこのプレーン(次元・段階)に熟達できなければ、私達は自らの故郷の星に帰ることはできません。なぜなら、全ては振動であり、全ては波動だからです。ここでの堆積したゴミの全てを持って故郷に戻るなんてことができるでしょうか? 引き寄せの法則は、その波動的なものとしての生来の性質に基づき、そんなことは許しません。ゴミは真っ先に神聖な存在として認識されて、光に変わらなければならないのです。

そのため、今は私達の誰もが、全て~私達の神聖な性質と同調しない感情や信念(観念)の全て~を受け容れたり感じたりすることを避ける余裕はありません。

自分自身に問いかけて下さい。この考えが、また感情に関する別の考えが、自分の聖なる無限性を明らかにするだろうか、それとも抑圧するだろうか? と。感情は単なるエネルギーです! それらにラベル(レッテル)を貼って審判することで、それらは淀んで濃くなります。オリジナルの良質なシャンペンではなくなるのです! なぜなら、それらは単に人生を生きていることの表現、エネルギーの表現だからです。ネガティブな感情と呼ばれるもの全ても、元々は生命の泉です。ラベル(レッテル)を剥がせば、それらはそれ自体の生命表現をしながら、私達を通り抜けて行くでしょう。それは全て私達であり、私達はそれら全てなのです。それらは全て神聖です。科学者にも既に知られているように、光があるのみ、ただ一つの意識があるだけなのです。

そうであるならば、どうして「悪」くなるものが少しでもあるでしょうか? 悪くなるのは、私達の意図がそうさせた場合だけです。私達はその意図に基づいて全世界を創造しましたが、その世界では誰もがラベル(レッテル)を信じています。この信念が真実であるとする必要性はありません! それはただ、どういう理由であれ、承諾に過ぎないのです! とは言うものの、自分自身に尋ねてみて下さい。誰が、または何が、この承諾を生み出したのか、そしてなぜ、あなたがそれに同意したのか! と。

宗教、親の姿、教育機関など、あなたのこの同意の視点からスタートして下さい。そして感じて下さい。なぜ、あなたは同意したのかを! それはあなたの正当な故郷――あなた自身、あなたの真の在り方になるための旅路となるのに非常に良い出発点です! あなたに関しては悪いことは何もありません、何もです。ラベル(レッテル)を剥がして、神聖な者になって下さい!

なぜなら、このプロセスにおいては、あなたはそれを確信することを通じて自らの神性が輝き始める地点へと到達するからです。この輝きの放射の中では、生じる全てがそれに含まれる部分として認識されます。あなたはそういう存在なのです!

幸せになって下さい、私の神聖なる兄弟姉妹の皆さん!

沢山の愛を込めて、
Ute

 

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Translation: C.I.
 

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