光を担う者であること〜セイント・ジャーメイン(サン・ジェルマン) 2013年6月18日  アルーナ経由

意識における変化が起こっています。増々多くの人達が、自身の真の姿である愛情ある存在に目覚めつつあります。どんな地域の集合体でも、その新しく同意された態度を大多数で結集して一つの具体的なマトリックスまでに物質化するとき、私達はかつてない現れ(その地域のネガティビティーの終わり)を産み出すことが出来ます。それは、慈善事業またはグループ活動としての利他愛運動として、纏まって集まるグループである場合があります。あるいはそれは、共同体というものの実証として、お互いを愛し合うために集結しようとの呼びかけである場合があります。グループは常に、個々でなされるものを乗算してその効果を何倍にも増します。グループの力はバラバラであるよりも濃厚で、従ってより目的創造的です。グループで集まる自由は、支配する者達にとって大きな脅威です。

天下分け目の愛の行動をグループで始めてください、然してあなた方は、それが如何に毎日の情勢に吸収されるかを見るでしょう。多数派に反対するグループ活動というのは、なんの助けになりそうにもない活動です。何にでも反対することは、ただ混沌を産み出すのがオチです。何か新しいゴールを目指して、それが成長するのを見守ってください。

私の弟子の多くが、いまだに「対抗」モードにあります。彼らは、観察して闇/ダークだと思うそうしたもの全てに反対です。暗闇は、彼らの光の杖で突くものではありません。共同創造的な司令だけが、神があなた方が持つことを望むものの方に導きます。暗闇の不在は、気付きに於ける成長停止に匹敵します。より如才なくありたいのであれば、マインドをハートに揃えてください、ハートにのみ愛があります ー 反対するものがなにもないのをそこに見るでしょう。ハートから来るものには狂気も怒りもありません。許し、同情、気遣い、真実と愛は、何に対する反対にもあありません。一体性は、「一人は全てのために、全ては一人のために」意識です。愛が「全て」を含むとき、神の心は体を持って生きています。これに対する例外は存在しません。あなた方に「一体性意識」があるかないかです。それがある人達がマスターです。彼らは誰がダークであろうが関係ありません。彼らは全ての状況で愛情ある存在としての働きをすることが出来ます。彼らは誰に対してであれ、攻撃したり軽蔑したりすることがありません。

自分自身を光を担う者と呼ぶことは一つの状態が付随します:あなたに暗闇がないのは結構なことです。この光の状態にある人達に、おめでとう。あなたは、やりに来たことをやりました。しかしながら、現在あなた方が布告することは何も実現されることが出来ません、何故ならば、あなた方がこれを行うに十分なまでに一緒に集まっていないからです。一つの愛情あるグループで集まって布告してください、大衆意識が、反対する布告で世界を溢れさせている非提携な共同創造者達をそのグループに引き付けます。

欠陥材料で大邸宅を建てれば崩壊します。神聖な創造者達だけで天国を造れば、あなた方はそれを、より多くの人々が居住する夢の世界にします。それで、そのグループ・マインド(群集心理)はダークを許すことが出来て、「神の御業」への貢献者としてダークの役割を認めることが出来ますか?ダークなしに、覚醒した気付きはあり得ません。

ネガティビティー/否定性の滓(かす)は去っても、ダークは存在し続けます ー それがするように設計されたことをするのみです:愛が深まる機会を与えるために、チャレンジと変更を提供して「神の設計」に貢献すること。なにも支配者達があなた方の世界のダークな側面を演じる必要はありません、あなたが自分自身で自分のために、次の唯一つの理由のためにそれを演じることが出来ます:全員のアセンション。

それはどのように現れるでしょうか?あなたの反対する態度は、開放的なハートで溶かされることが出来ます。人生のチャレンジ全てに対する答えは、開放性と受容性にあります。自分の思考の全てから否定性を除去してください、然してアセンションはやってきます。

私は私である者

高次元マスター セイント・ジャーメイン(サン・ジェルマン)

アルーナによるチャネリング

http://comptedesaintgermainsblog.blogspot.jp/2013/06/being-light-bearer.html

翻訳 ソウルカメラ

 

 

 

 

 

 

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