Sunday, April 30, 2017

ヘブンレターズ(神は申されました)2013年1月14日 あなた方は、光を届ける人です

ヘブンレターズ(神は申されました)2013年1月14日 あなた方は、光を届ける人です You are the Light Bringer Heavenletter #4434 Published on: January 14, 2013 http://www.heavenletters.org/you-are-the-light-bringer.html 私達のハートはお互いにどれほどかかわり合い、どれほど、お互いを抱きかかえ合っているのでしょうか。人生のバランスをとりながら、私達はどれほど愛に浸かっているのでしょうか。どれほど多くの愛を私達の目は伝つたえ、どれほどの愛が月のまわりでは回転するのでしょうか?。地球がどれほど愛を享受したでしょうか?、そして、愛しいあなた方はそれが当たり前だといったいどれほど思っているのでしょうか? 私達は、お互い、かなりな結びつきがあります。私達は、あらゆる人々と物達とかなりの結びつきがあるのです。たとえば、私達は星達と愛で結ばれております。これは、そう授けられたのです。星達が『有る特別な物」であるということ、そして、その星達と私達の関係というものが一つのときめく出来事となることは、誰もが知っていることです。星達よ、万歳! さて、あなた方についてお話ししましょう。私があなた方について話すとき、それは同じく私のことをも意味しているのです、「私達」という時には、それは「あなた方と私」であり、私達は沢山の物を共有し合っているのです。今,私達はくだけた話し方をしていますが、宇宙全体に散らばっていると思われる多くの私の子供たち、その子供達の一人であるあなた方に私は言います。離ればなれになっていることから抜け出ましょう。 あなた方は、世界に分散した私のハートです。「いったいどれくらいの光りで、世界を照らせばよいのだろうか?」と私は自問しました。そしてその為に私はあなた方を創造したのです。あなた方のハートの愛の光でこの世界を照らす為にあなた方はやって来たのです。 あなた方はライトブリンガー(光を届ける人)であり、愛のランタン(灯火)です。ですから、ちょうど星達のように宇宙に高く、私はあなた方を掲げます。「夜空の星たちよ、世界を明るく照らすように。」と、私は伝え、そして、地球に於ける私の最も偉大な存在である人類には、「昼も夜も、全ての宇宙を照らすように。世界が一時たりとも暗闇にならないようにしてください。世界を明るく照らして、決して暗くさせないように、私はあなた方に依頼します。」と私は、伝えました。 そして、あなた方は言いました。「はい。 はい、神様。 はい神様、おっしゃる通りにいたします。どんな時も、どんなにつつましい出来事にさえも、私は愛のトーチの灯を、一年中、季節を問わず、永久に照らして続けます。神様、私は必ず致します。」 そして、私は頼みました、どの親もするように、「それを忘れる事の無いように!」と。 すると、あなた方は言いました。「最愛なる神様、決して忘れることなどありません。私は誓います。神様が私に下さった地球での使命を何時も思い出し、常にそれを遂行致します。たとえ世界のどのような未知の暗闇であっても、私はそれを照らします。わかりました、神様、私は世界の光となります。」 そしてそれからどうなったかと言うと それほど沢山忘れてしまってはいないけれども、でも 宇宙を明るく照らす事をあなた方の沢山の兄弟達の一人ににまかせてしまっているようにおもわれます。「大勢いるから大丈夫、私ひとりがしなくたって、、、。」とあなた方は思いました。 あなた方は世界を光で覆ったと思いました。世界中の自覚した人々もあなた方と殆ど同じに考えていました。誰もが、他に依存していました。ですから、まだあなた方は責任を果たしきっていないかもしれません。 地球に来て、彼らの責任を果たした強力なソウル達がいました。そして、夜の星たちはこの上なく明るく、彼等のハートから出た愛の光も、このうえなく輝いていました。忘れられた者達もいるけれども、彼等は偉大なソウルになりました。そして、あなた方は彼等の名前をよく知っています。彼等の光を輝かせた人々もいましたが、その彼等の名前が知られる事は全くありませんでした。彼等は、ただ無名なだけで、偉大なソウル達とまったく同じくらい、偉大でした。ときにはこういうこともあるのです。そして、それも素晴らしいことです。偉大な事は 有名無名に関わらず、偉大なのです。 今日も、まったく同じように偉大な者達がいます。もしかすると、あなた方がそうなのかも知れません。 ただ、あなた方の光を高く掲げ続ければよいのです。 それが私の願いです。 翻訳 Koh

ヘブンレターズ(神は申されました) 2013年1月12日 手と手を握って

ヘブンレターズ(神は申されました) 2013年1月12日 手と手を握って Like Holding Hands Heavenletter #4432 Published on: January 12, 2013 http://www.heavenletters.org/like-holding-hands.html   神は申されました。   あなた方の目で私に話しかけてください。美しい存在達、私がいると思うところを 見上て下さい。私がいないと思う所も 見上げて下さい。あなた方が何処を見ようとも私はそこにいるからです。私は、隠れたりはしません。以前のあなた方である他の人間達の姿を通して私のところに来るのでなければ、私の体は見えません。実際、その者達の体は皆、あなた方であるわけなのですが、、、。 肉体はほんのスズメの涙に過ぎません、そして、あなた方も肉体以上のものがある事がわかっていると思います。あなたが永遠であるように、私も永遠です。ですが、あなた方の体は、永遠ではありません。あなた方の体はあなた方が既によくわかっている事を知る為のつなぎとして、暫くの間入っている些細な物にすぎません。あなた方は私の事をよくわかっていると思います、そして私があなた方の向かいにいること、それだけを考えれば良い事をあなた方自身もよくわかっています。 人類の体は美しいものです。それは一時的なものです。ですが、あなた方の現実は、永遠です。そこでは、私達の精神も同じく永遠です。もしソウル達が鷲であったならば、私達は鷲なのです。とにかく、ソウルは飛ぶことができます。宇宙には(制限がないので)到達するというようなことはないのですが、人類のソウルに手の届かないところは無いのです。 私の事を一つのソウルとして考えるならば、私達のソウルは動く事も出きます。私達はお互いに、触れ合う事もできます。私達のソウルは愛しあい、愛はワンネス(一つである事)を意味します。ワンネスの幻想ではありません。ワンネスは真実です。いろいろな物が多くあること、多様性は、幻想です。 そして、一つの神という表現は一つの新しい意味を持つようになります。 しかし、一体、幻想の何を私達は気にしているのでしょうか?幻想も愛されているのに、なぜ幻想を牽制、と考えるのですか?どうか、私達に容易くあなた方の愛を気づかせて下さい、そうすれば私達は幻想に気づく事ができるし、幻想をも又愛します。 あなた方は私を慰めてくれます。あなた方の事を考えると私は元気づけられます。あなた方が私の事を思う事で元気づけられるのなら、私の事を考える事はあなた方への慰めとなります。私はあなた方に、安堵を与えます。私は一体あなた方の何を慰めるのでしょうか?私を知る事は カプセルに入れられたような人間の覆いよりあなた方にはもっと沢山の事がある事を あなた方に思い出させます。あなた方の中の私の存在と、私を知ることにより、あなた方は、あなた方の存在を遥かに超えるものであることを、思い出します。これを自覚する事によって、あなた方は私達との結束を思い出すでしょう。これはくつろいだ人生の存在する、物理的な事を越えたフィールドが存在するというまさしくそれを思い出させるものです。これこそが、人生の本当のフィールドです。あなた方が見ている物は、急いで描かれたスケッチなのです。あなた方が本当に住んでいる本当のフィールドは、急いでは描かれません。 もし良ければ、地球での生活が、人間の装いをした、夢のなかでの冒険のようなものだと、あなた方は考えることもできます。でも夢というものは、全く本当のように思えます。それは本当のようにはみえますが、あなた方がワンネス(一つである事)ではなくオールネス(完璧)で、 全部一緒と考えるときは、それはわずかな夢の断片でしかありません。 私が語る人生の夢の中では、あなた方はゆっくり起きます。少し時間がかかりますが、それでも、少しずつ、あなた方は肉体を越えて生命の不変の証拠に目覚めます。現実を知っているハートの向こうにハートがあります、そして、このハートは完全に現実の生活をおくります。 あなた方には、ソウルがあります。あなた方のソウルは、あなた方の真のレーダーです。あなた方のソウルのしばしば見落とされた現実や、ソウルが本当に住む天国への旅など、人類の生活のあらゆる事に容易く合図が送られます。 あなた方は、天国の存在です。しかし、肉体はあなたの注意を引こうとします。それは、あなた方のソウルの本質から、あなたの注意をそらします。あなた方のソウルの生命は、物質よりは遥かに上のものです。あなた方のソウルの人生は、あなた方の人生でもあります。あなた方のソウルは、あなたの本質なのです。私は、あなた方のソウルを私のハートの奥底に、しっかりとつかみます。私たちは離れる事はできません。私達のソウルは出会い、私達のワンネスは愛しあいます。 これが、あなた方の人生の物語です。 いわば、我々のソウルは手と手を握りあっているようなものです。 私達は手と手を握りあうのが好きですから。     翻訳 Koh

ヘブンレターズ(神は申されました) 2013年1月11日 ああ、どうか、不快感から解放されるように

  ああ、どうか、不快感から解放されるように ヘブンレターズ(神は申されました) 2013年1月11日 Oh, To Be Free of Annoyance Heavenletter #4431 Published on: January 11, 2013 http://www.heavenletters.org/oh-to-be-free-of-annoyance.html   神は申されました。   あなた方の人生での、不快感にも「神様、有り難う。」と言ってみましょう。

是非、そう言ってみてください。
不快感を消し去るのに、これは良い方法です。 あなた方が経験する不快感は、あなた方に何かを教えています。人やコンピューターの事、エンジンがかからなくなった自動車の事など、あなた方がの行く手に起きる事にあなた方が あまりにもこだわりすぎるという事を、それは教えているのかもしれません。あなた方はその不快感にあまりに力を入れすぎる、と私は聞きましたが、そうなのですか? とげに刺された時、あなた方はおそらくあまりにも気にしすぎて、大げさになってしまうようです。いずれにせよ、不快感の伴うものは 手放さなければなりません。なぜ心の中のわだかまりをそのままにしておくのですか?どうして心の中でそれらの事を、何度も何度も繰り返すのですか?やっと終わったかと思えば、次が現れます。前の物は退き、そして、新しいも物がそれに取って代わります。
そしてあなた方を苛立たせます。 愛する皆さん、それらを手放せば、あなた方は不快感を軽減することができます。 あなた方は、ありとあらゆる言い返しの言葉とあらゆる不公平さを思いつくかもしれません。そうやってあなた方は自分自身を不快感で悩ませているのですから、それはあなた方が自分に対して公平だといえるのでしょうか? ああ、どうか、不快感から解放されるように。そうできたら、なんと素敵な事でしょう。



あなた方は、邪魔をされたり、不安にされてばかりではいられません。
これは、つまりはあなた方の選択なのです。
おそらく、気付かないうちに、あなたは不快感のコレクターになっていました。あなた方にはわかるかもしれませんが
他の人々は誤って導かれていた可能性が充分にあります。
にもかかわらず、あなた方は不快感に自分自身をガイドさせておりました。いったい誰が、あなた方の前に不快感を映し出したのだと思いますか?それは
あなた方です、愛する皆さん、あなた方なのです。 あなた方のシャツの胸部に少しほこりが着いたならば、あなた方はそれを払いのけます。 これが、全ての厄介な不快感に対して、そして人々が決して言うべきでは無いあらゆる事に対して、あなた方ができることなのです。
それらを払いのけてください。
本当に、そして、実際に、あなた方はそんな事は言わなかったとしても、一体それに対処するには、どうすれば良いのでしょうか?当然、相手も又そういう事を言でしょう。でも、それは彼らのゲームであり、あなた方のゲームではありません。
あなた方は、ゲームをする必要はありません。
遊ぶ事ならあなた方は最初から遊ぶ事を選んでいた事でしょうし、、、。
ただその人達のように、自身の見解についても、自分たちがしていること自体についてそれほど理解していない場合もあります。そして、あなた方も彼等の片棒を担いでいることがわかっていません。一体どうしてそれが、あなた方が片棒を担いでいることになるのでしょう?だって、あなた方は意見もすぐ彼等の方へと変えてしまい、気がついてみれば自分自身は悩まされており、全く不快にさせられ、苛立たされて、他の誰かの愚かさで悩まされているのです、が、そうではないといえますか? つまりはこう言う事になるのです、違いますか? あなた方が其の人達には何も望まないし、放っておいて欲しいと思う人達がいます。あなた方は彼等の意見は聞きたくありませんし、反対な事を言われるよりもなによりも、こちらに同調してもらう事など望みもしません。
一体誰があなたを批判などする事ができるのでしょう?それが、あなたがたの質問ですよね?
彼らは一体なんのつもりなのでしょう?
あなた方の裁判官や陪審員だとでも思っているのかもしれません。そして、あなた方は、まるで彼等に針を刺されているように感じます。では、それらの針をさっと抜き取って あなた方を自由の身にして下さい。 それほどまでにあなたを悩ます人々が、意見を書いたり述べたりした後に、それを抱え込むのはあなた方です。
あなた方をいらだたせるのは 
あなた方です。そうし続けているのはあなた方なのです。 何か他の事を考えて見てください。あなた方を愛してくれる人々からの意見を考えてみるのはどうでしょうか? 愛する皆さん、これが、もう一方の頬を差し出すという事になるのです。(キリスト教に於いて言われる暴力や侮辱を得ても相手にならず落ち着いている事)愛とその存在であなた方を育んでくれる人々の事を考えて下さい。 好きでない歌があるとき、あなた方はそのレコードをレコード・プレーヤーから取り出して、他の物をのせます。
これはそんなに難しい事でしょうか? さあ、あなた方はこれでわかった事と思います。これがあなた方がすることです。あなた方の人生に不快感を受け入れないで下さい。
でも、もしも、あなた方が受け入れてしまっても、不快感をより識別しやすい何かに置きかえてみて下さい。 たとえば愛の様な物に。     翻訳 Koh  

ヘブンレターズ(神は申されました) 2013年1月8日 神を信じて 

ヘブンレターズ  神を信じて 2013年1月8日 In God We Trust Heavenletter #4428 Published on: January 8, 2013 http://www.heavenletters.org/in-god-we-trust.html-0   神は、申されました。 私への信頼はあなた方が受けるにあたる価値をもたらします。でも、もしあなた方が恩義を負っていると思うならばそれはあなた方自身にであり、私にではありません。そうです。信頼するという事に於いては、あなた方は私の願いを聞いていてくれています。ですがそれがあなた方の 私に対しての忠誠という事にはなりません。あなた方の私への忠誠とは、あなた方自身が幸せに暮らす事です。 信頼の気持ちと疑いの気持ちの違いについて、ちょっと考えてみて下さい。
信頼があれば、あなたは安心できます。
信頼があればあなた方はリラックスする事もできます。
疑いはあなた方を不安にさせます。
疑いがあればあなた方は緊張してしまいます。疑いがあればあなた方は戦います。
あなた方は、戦うことが強さであると思うかもしれません。
多分。
おそらく時には。殆どないと思いますが、、、。

愛する皆さん、反応することは大抵の場合、力を示すことにはなりません。
戦いは、多くの場合においては弱さの現れです。
あなた方がうけた若干の不快による最初の暗示であなた方の拳は上がります。

 何があなたの拳をあげさせるのでしょうか、戦う準備ができているということ?、反動的に? 
愛する皆さん、反応することは、弱いことです。
愛は、強さでもあります。騒ぎ立てることは誰もができますが、
あらゆる状況に於いて愛することは 誰もができるというわけではありません。それでも愛はあなた方の最も大きな力です。他の何ものでもありません。 根気よさも決断ももちろんの事必要ですが、それでも、愛は何よりもずっと輝きます。

戦いは見せかけの防御物です。愛が浄化している間に戦いはあなたがたのエネルギーを消費し、毒素を増します。ああ、あなた方が怒りに悩ませれているときと、あなた方方が愛そのものでいる時とはなんと言う違いがあるのでしょう。
愛では、あなた方は舞い上がることができるのに、
怒りでは、あなたがたは舞落ちてしまいます。

 あなたが世界がより良い場所になる事を本当に望むならば、そうなるようにすることはあなた方次第です。
あなたがより良い世界を本当に、本当に望むのならば、あなた方は何をすればよいのでしょう?
戦いは、病気であり、
愛は、回復です。

 当然のことながら、あなたは単に愛のスイッチをオンすることはできません。
それでも、あなた方はその方向に向かうことはできます。
他の道なんてないでしょう?

 あなた方が私に対する信頼をオンにすることができなくても、それでも、あなた方は上を見る事ができます、そして、自分自身をより偉大な高い所まで引き上げることができます。
私は、あなた方がそうしたいということをわかっていますし、あなた方が平和と愛でありたいということもわかっています。
あなた方は、小競り合いなどよりむしろずっと愛に集中することでしょう。
でもどうしてそれを行うのは そんなに難しいことなのでしょうか?敵対者と向き合いながらも、あなた方のハートに愛を保たせるものは、一体何なのでしょうか? 空間について言われている事ですが、考察の方法として、独りよがりな態度、又は怒りで満ちたものよりは、あなた方のハートが空であるほうが良いということがいえます。
愛は、寒さの中に置き去りにされることではないはずですし、
あなた方のハートは、愛に満ちているはずです。
あなた方は、ハートが愛に満ちている時はなんと良い事かと感じることでしょうし、
ハートが満たされている時にのみあなた方は良い気分になるのです。 あなた方のハートを私で満たして下さい。 
愛と愛が招く全ての力で あなた方のハートをいっぱいにしてください。
 あなた方のハートの愛はあなたがそのスイッチをスタートしてくれるのを
待っています。あなた方が冬に暖房のスイッチを入れるようにあなた方のハートのスイッチをすぐにオンにして下さい。愛の暖かさで一杯にして欲しいと待っています。あなた方のハートは その使命に取りかかりたいのです。
あなた方のハートは、その愛をばあっと解き放すのをあまりに待ちすぎて疲れています。あなた方の美しいハートをもはやこれ以上待たせ続けないで下さい。
 あなた方のハートに入る方法はたった一つだけしか有りません。そして、それは前方にあります。
あなたのハートは戦いをしに行く兵士でありませんが、それでも、あなた方のハートは前へ行進します。美しいハートよ、進みなさい! あなた方のハートはあなた方が管轄の権利を持っています。あなた方のハートは誰か他の人からのサインを待っているのではありません。外部から来る世界中の全ての愛だけではあなた方のハートには充分ではありません。あなた方のハートは そのエンジンをスタートしたがっています。あなた方のハートにもっとアクセルを駆けて下さい。あなた方の美しく開花しているハートにもっとアクセルを駆けて下さい。ハートを開いて下さい、世界はそれを待っています。 愛を見つけたいのなら、それを与えることです。 そうなれば 私の夢は 成就します。   翻訳 Koh            

ヘブンレターズ(神は申されました) 2013年1月6日 巨大な物の中の広大なもの

天国からの手紙(ヘブンレターズ) 2013年1月6日 巨大な物のなかの広大なもの  The Vast of the Vast Heavenletter #4426 Published on: January 6, 2013 http://www.heavenletters.org/daily-heavenletter.html?page=2   神は言いました。 私を近くに感じるとき、あなた方は何を感じますか?あなた方を抱いて、髪を撫で、私の手があなた方の涙を拭き、顔を撫で、できる限り一番シンプルな方法で私はいつもあなた方と共にいる事をあなた方に知らせているのがわかりますか?可能な限りあなた方に近づいてあなた方の側にいることは、私には全く簡単なのです。私はあなた方の友になってもいいのです。さあ、私の存在を感じて下さい。たった今私の愛の暖かさがあなた方の上に漂っているのを感じて下さい。私の手の感触と私のハートの温かさを感じて下さい。愛する皆さん、あなた方には私の愛で聖なる印が付けられています。それは あなた方の額をなでる愛です。私達を一つにする愛です。シンプルで、まったくシンプルなのは私達の愛です。私が全てを抱きしめるように、あなた方のハートも全てを抱きしめてくれるように 私はあなた方を抱きしめます。全ては統合した物として一つになります。愛は絆であり、制御されるものではありません。愛は一つ(One)であるもの全てを自由に抱きしめる事ができます。 私の愛からは誰も逃れる事はできません。私の愛の外側にいる人は誰もいないのです。私は 愛の総括的なものであり、愛する皆さんも同じです。そうなのですよ。あなた方は 星達の間や星達をも超えて、これ迄あなた方が夢見た何よりももっとその範囲を超えて、愛して愛にまとわりつく、私のハートの愛なのです。あなた方が知っている広大な宇宙は、大海の一滴に過ぎません。そう、私達が分け合っている愛、その愛は あなた方を運びさり、まさに私のハートまでで連れて来てくれる、無限で広大な愛です。つまりそれはあなた方の知っている宇宙という物を遥かに超えた宇宙なのです。  あなた方の現在の認識では、広大な物についての知識がまだ充分ではありません。あなた方が想像しうる物よりは全てはずっと巨大です。私は広大な物ついてだけ話しています。無限とは巨大な物の中の広大な物です。永遠も巨大な物の中の広大な物です。ですが、無限と永遠とは 少しも長いものではありません、、、長くはありません。永遠で無限である事は 長くも短くもありません。私達の言う永遠と無限、又は無限と永遠、これらを計る事はできません。何の目印も無いのですから。それらは私自身と同じように、結合されているわけでもないので、定義する事はできないのです。一体どんな言葉で巨大なものを超える広大なものという事の驚異を捉える事ができるのでしょうか?一体どんな手があればそれらを持っていられるというのでしょうか? 私が広大な物と言う時には、私は広大なことを意味しています。広大な物という事は、境界が無いは事よりはもっと大きいのです。広大な物について語る時には、境界が無いという事は あまり意味がありません。 我々は、愛のプールを広大な物と呼ぶことさえできません。ええ、もちろん私達は どんなふうに言ってもかまわないのですが、それでも、プールは広大な物に含まれるとは言えません。 広大な物としては、私達は海をそう呼ぶこともできますが、その海の広大さでさえ、スプーン一杯ぐらいのものです。当然のことながら、スプーンは広大な物には含まれません。何の定規もガロンも、バレルもないのです。 広大な物は充分にありますが、でも、充分にある事が広大な物ではありません。もし広大な物が満たされる事ができるならば それは広大な物では無くなります。 聖なる小さな器、聖杯、(最後の晩餐でキリストによって使用された)聖餐杯以外に、一体なんだったら、広大な物 と言えるのでしょうか? いいえ、聖餐杯でさえ広大な物というものには含まれません。あなた方ができることは広大な物の中で泳ぐことだけです。たどり着く岸辺があるわけではありません。ただ広大な物に浸されていれば良いのです。 つまるところはこう言う事です。あなた方は、常に広大な物に浸されていました。あなた方が浸されていたものは他の何物でもありません。広大な物以上の物にあなた方が含まれる事はあり得ないのです。あなた方の光は 太陽光より広大なのです。太陽光は広大ですが、でもあなた方は 内部へ、外部へと、それ自体の光の中へ爆発している広大な物、そのものなのです。 あなた方は自分の事を40ワットの電球ぐらいに思っていたことでしょう。もう一度考えてみて下さい。いや、考えるのは止めにして、ただ存在を受け入れてください。広大なものは 本当に広大なので、私もそれが広大な物の全てだとは言えないのです。 広大なものは、山よりも大きいのです。あなた方が愛を快く受け入れる限りは、広大なものは愛よりもさらにもっと大きい物となります。広大さには、全く制限がありません。 そして、あなた方も同じなのです。 翻訳 Koh

ヘブンレターズ(神は申されました) 2012年12月23日 棚引く太陽の光

天国からの手紙 棚引く太陽の光 Heavenletter #4412 Published:
2012年12月23日The Lingering Light of the Sun    幸せになりたいですか?それなら幸せでいてください。        そういうとつまらないアドバイスに聞こえますか?愛する皆さん、これは非常に良いアドバイスなのです。なぜならあなた方が無理だと思う理由の如何に関わらずあなた方は 幸せになれるのですから。 概して、幸せは あなた方の選択による物なのです。

不幸を選ぶことができるなら、幸せも選ぶ事ができます。不幸は 何かあなた方のほうへ出しゃばって来るものであるように思えます。でもあなた方が 選択してしまうのはやっかいな問題です。もし不幸があなた方に接近するように思えても、あなた方はそれを受け入れる必要はありません。
それをは 誤ってあなたに送られてきた郵便小包みであると考えてください。
あなた方には、あなたがたに用意された幸せがあります。
それを受け入れてください。
どんな事があっても 幸せを信じて下さい。
あなた方のところにくるべき幸せを、見つけてください。やってみてください。 あなた方はあなた方の状況については充分な言い訳ができないが、あなた方の認識については もちろん充分に説明できると考えているかもしれません。 あなた方は、何かひどい事があるのを確信したのかもしれません。 もし何かひどいことがあるならば ― あなた自身に言い聞かせてください。 ― 「不幸でなくするにはいったい何をすればよいのだろう?」と。 愛する皆さん、これは、プログラミングです。 あなた方は、連続して生ずるというシーケンスを人生で確かめました。こんな事やあんな事とかで 幸せになることができないこともわかりました。そうです。(強力な理由(幸せになれない大きな理由)をみつけたあなた方は、神の太陽のもとで幸せになる為に、全てのこれらの理由を忘れます。 そして、この瞬間に 愛する皆さん、あなた方は幸せになる事ができるのです。 この世界は困難でひどいとはもうこれ以上私(Me)私の耳に届かない様にして下さい。世界は 絶望的だとさえいわれたこも、聞いていますが、、、。いいえ、愛する皆さん、世界は美しくて、あなた方に深い恵みを提供してくれます。あなた方はその世界にいるのですから、あなた方はより豊かな世界を創る事もできるのです。 
世界は、あなた方を歓迎します。
良いゲストであってください。
あなた方は、私の(My)家を訪れているのですから。
あなた方は、私があなた方のために用意した地球のパラダイスの私の(My)ゲストなのです。 ですが、ベッドは、あなた方が望む程には快適ではないかもしれません。
 おそらく、他のゲストが騒がしいかも知れません。おそらく、あなた方は昨晩、よく眠ることができなかったかもしれません。
 おそらく、背中が痛いかもしれません。
おそらく、あなた方はひどい悪寒がしたり、ひどい熱があるかもしれません。
おそらく、あなた方はおなかの調子が 悪いかもしれません。
おそらく、あなたは、不運は予告されると聞いていまたことがあります。おそらく、あなた方のハートは壊れてしまいました。おそらく、あなたの視力は衰えています。 新しい 「おそらく」を考えてみて下さい。もう一つ、そしてさらにもっともっと考えてみて下さい。 おそらく、あなた方は守られています。
おそらく、あなたは愛されています。
おそらく、あなたは愛しています。おそらく、あなた方には有り余る程の愛と幸運があります。
おそらく、太陽が輝く間、あなた方は干し草を作ることができます。
おそらく、あなた方は他の誰かの頭の下に枕を置いであげることできます。
おそらく、あなた方は歌を歌うことができるか、近くを散歩することができるか、ダンスを踊ることができるか、花をつんだり、植えたりまたは、クッキーを食べたり、焼いたりできます、さもなければ微笑んだり、笑ったりできます。
おそらく、あなた方には考えがあります。おそらく、あなた方は木、山、はしごをよじ登ることができます。                    おそらく
世界があなたに提供してくれる物は、ほんとうに沢山あります。あなた方を幸せから遠ざけているものは、あなたが囲まれている世界でありません。
この世界を愛してください、そして、そこから幸せを手に入れて下さい。 無理だって?
いいえ、いいえ、いいえ、そんな事は絶対にありません。
たとえなんであろうと、あなた方が気分を奮い立たせる事ができて、幸せを享受できるものであれば
良いのです。それは、あなた方が手にすることができるものです。
幸せは充分にあり、不足する事はありません。
あなた方は見てはいなかったのかもしれないし、さもなければ間違った所をのぞいていたのです。 私が此処でいおうとしている事は とてもシンプルな事です。
あなた方は私が言っていることを見落しているかもしれません。
 おそらく、あなた方は悲劇の作家にもなれそうです。 おそらく、あなた方は悲しみのほうが幸せより満足感を得られ、時間と労力をかける価値があると思っているようです。
 おそらく、あなた方は、日の光より影を選ぶ事にあまりに慣れてしまっています。  私(Me)と共に来て下さい。

すぐに、私(Me)と共に来て下さい。私達はあなた方を影から連れ出し棚引く太陽の光のもとへといざないます。 http://www.heavenletters.org/daily-heavenletter.html?page=5  参考)原文に大文字で出て来る、I AM presence (神)の箇所はそれを付け加えました。   翻訳 Koh